28 一番風呂とハプニング
パーティーではエリーとメグが準備したたくさんの素晴らしい料理を堪能した。いずれも絶品揃いでさすがは料理番。面目躍如といったところだろうか。
しかし個人的には正直楽しむどころではなかった。
久しぶりに酒の入ったクロエが酔っ払った挙句に服を脱ぎだすのをライザがあわてて止めに入ったり、それを見たビルが慌てて俺の目を隠そうと飛びついてくるも、直後突き飛ばされたりとなんだか散々な目に遭った気がする。
俺自身も酒はしばらくぶりだったから、すっかり気分がよくなってついつい進んでしまった。気づけば誰からか「風呂に行け」と背中を押され、そうだったとばかりに先ほど湯船に身を沈めたところだ。
「ふぃー……」
なんというかこの湯船、やっぱりムダに広い。十人はゆったり入れるというのは誇張でもなんでもなかった。これ多分クロエが湯を準備したんだよな。いつの間に。
真新しい木の香りと肌触りが実に心地いい。風呂桶に身体をあずけて目を閉じ、ときおり落ちる露の音にしばし耳を傾ける。
「なんというか、なんだかんだ言ってやっぱクロエはすげぇな……」
「なんだかんだってなんじゃ。あいかわらず雑な感想じゃの、ウォーレナ」
その時背後から声がしたかと思えば、ペタペタと人の近づく気配が急に現れたもんだから驚いた。
「うえ!? クロエ? なんでここに」
振り向いて彼女だったことにまず驚いたのだが、当然ながら一糸まとわぬ姿に慌てて正面をむいた。
「なんでって、ワシも風呂に入りたかったからじゃが……いかんかったか?」
その後もペタペタと無造作に近づいてきた彼女が背後で立ち止まった気配がした。
「いかんかったかって……どうして良いと思ったんだ? 逆に聞きたい」
「異なことをいう。そもそもお主はワシを母か姉くらいに思っておるのじゃろう? 何を恥じることがある」
「いや、そういう問題じゃ」
「あー、はいはい。お主のその言い草は聞き飽きた。よいではないか、少なくともワシは気にせん」
いや俺が気にするんだよ! などという心の声は当然とどくわけもなく。そのまま彼女は俺の隣に身を沈めた。
「ふー、よい湯じゃな。さすが我。偉いの」
そんな彼女を盗み見ると上気し機嫌良さそうな表情と、その下でぷかりと浮かぶ双丘が目に飛び込んできて慌てて視線を外す。
「ん? ……なんじゃ、まーた我のおっぱいが気になるのか。まったく、いつまで経っても子供よの」
ほれ、いっちょ揉んどくか? などと持ち上げながら笑う。
「違うわ。せめて布かなんかで隠せ」
「布を~湯に入れるのは~マナー違反じゃ~♪」
クロエは歌うように機嫌よさそうに答える。
「異性が入浴中に突然入ってくるのはマナー違反ではないんですかねえ??」
「まぁそういわずに。我と少し話をせんか? あっちを向いたままでいい。……大事なことじゃ」
「大事な、こと?」
「うむ。昨夜、エリーとなにかあったかの?」
「んあ? ……なにかって、何?」
ギクリとした。まさか見られていた? あの恥ずかしい場面を!?
「二人逢引きしておったではないか。我が気づかぬとでも思うたか」
「ああ、その。ちょっとな」
「やれやれ。若い劣情をぶつけ合ったということか。屋外はあまり関心せんぞ」
「おい、発想がおっさんそのものだぞ……お前の想像してるような展開はない」
ということは見られてはいなかったということか。少しほっとした。
「なんと。なら私のカワイイ魔法使いちゃんはまだ魔法使い」
「いい加減怒るぞ」
「ははっ、冗談じゃ。そんな怒るでない、怖いではないか。いや~ん、じゃ」
「もう先に上がっていいか」
竜族は人をからかわないと調子が悪くなる呪いにでもかかってるのか?
「まぁ待て待て、もうひとつ。こちらが本題じゃ……お主、あの双子をなんとする」
その話題が来るとはまったく想定していなかったので、慌ててクロエを見そうになる自分の視線を無理やり正面の壁にもどす。そんな様子がおかしいのか、彼女はケタケタ笑う。
「ハハハっ。そんなにがんばって見んように、ふふっ。努力せんでも、いいじゃろうに」
「だって気まずいんだよ! わかれ!」
「お主なら見てもよい、触れてもよいといつも言うておるじゃろうが。なんならその先も望んだとしても我は一向に構わんのじゃぞ」
先ほどからずっと左側からクロエの視線を感じるが、そちらを向けない。というか向いたら負ける気がする。何にかはわからんが。
「いやいやいや、それは俺がかまう。マジで勘弁してくれ」
「ふ、はは。女嫌いはまだ治らんか。苦労するのうお主も」
「そりゃどうも。……で、双子がどうしたんだよ急に」
「そうじゃったな。お主、あの二人の面倒をいつまで見る気なのじゃ」
彼女が短くため息をついた気がした。
「それは、あの二人がここを出て行くと決めたときまで、だよ」
「おぬし、二人の素性をしっておるのか?」
「商家の、妾の子……と本人たちは言っているが、嘘だと思っている」
「じゃろうな。隠したい何かがあるのか……のっ」
パシャリと水が跳ねる音がした。クロエが腕を組んで伸びでもしているのか。
「さあ。詮索は趣味じゃない」
「ふう。あやつらの素性によってはお主の足かせになるかもしれんというのに。のんきなもんじゃな」
「足かせってなんだよ。今の俺の立場でそんなもの関係ないだろ」
「……そうかの。ま、おぬしがそういうならそうでもよかろ。あと……やはりまだ女は無理か」
その問いに身体がぎくりと反応する。
「しばらく女はこりごりだよ。あんなにひどい目に遭わされたらな」
「そうじゃの。あのバカ王女は一度痛い目に遭わせてやらねば。あいやそうではなく」
「わかってる。……意識していたら抑えは利く。だが油断するとまずい時はまだある、な」
「ふむ。まだそうか。……すまんの」
「何言ってるんだクロエ。これはアンタのせいじゃない。手にした力の代償だと思ってる」
「いや。あらかじめ伝えておくべきだったのじゃ。それなのに我は」
「あの時そんな余裕なかっただろ。恨んじゃいないさ」
「おぬしはその影響で様々な苦労をしてきたということ、知っている。だからこそ」
そういって唐突にクロエが目の前に立った。湯が激しく波を打つ。
「抑えが利かなくなったときは、その時は我が」
「! ちょ、クロエ!」
湯気ではっきりと見えないことが幸いというべきか、いきなり恐れていた衝動は起きない。
だがほっとしたのもつかの間。彼女の身体を見た瞬間から意識が徐々に混濁していく。なに、考えてるんだクロエ。こうなること、わかっている、はず、なのに……!
「頼む。もうお主が苦しむ姿を見るのはつらいのじゃ。辛かろう。さあ、いつでもよいのだ」
彼女が、俺の太ももの上に、向かい合わせに腰掛けた。
「衝動に身をゆだねよ。……そしてそのまま我を抱くがいい」
やけに熱い吐息を耳朶に感じる。吸い込まれるように彼女の胸に手が伸びて――
「やめ、やめてくれ!」
「わっ」
けたたましく水音が立った。
思わず突き飛ばしてしまったことに気づき顔を上げたところで、少し離れた先に湯から顔だけ出してポカンとしているクロエと目が合った。
「っ……ふ、ふはっ。なにもそこまで……嫌わずともよかろ」
クロエはくしゃりと笑う。突き飛ばしてしまったこと、気に障ってしまったか。
「や、ち、違う嫌ってなんか。ただこんなの、絶対おかしいって、それで」
我ながら情けない物言いとは思うが仕方ない。取り繕えるほど小器用であればそもそも突き飛ばしたりなどしない。
「もうっ……わかったわかった! ったく堅物じゃの。……誰に操を立てているのやら」
「す、すま」
「あーもー! 謝るなバカが!」
そして水榴弾なみに勢いある湯を顔にかけられた。なんてバカ力だ。
そのあとは今後の運営やら育成方針やらを話し、クロエがのぼせそうになったところでお開きとなった。
ただひとつ。彼女としてはどうしても彼らの素性を確かめたいという。
「ここでの生活を守るためじゃ。こればかりは譲れんぞ。よいな」
有無をいわせぬ彼女の様子に、俺は頷くしかなかった。




