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27 内覧会とそれぞれの想い

 昼下がり。近くの木陰に天幕を広く張り、のんびりと武器の手入れをしている俺の下に狐人族の棟梁がやってきた。


「え、もうできたって? 本当か?」


 朝から双子がそわそわしていたからそろそろとは思っていたが、本当に十日余りで家を作ってしまったというのか。恐るべしマンパワー。



 早速みんなで見学会がはじまった。改めて見るとなかなかの大きさだ。総二階建て。玄関を中心として両翼を大きく張り出した、ちょっとした貴族の屋敷のそれだ。ただ見た目が完全にログハウスであることを除けば。

 向かって左側には大きな石造りのテラスが……ん? なんだあの窪み?


「ああ、そこは暑い季節には水浴びができるようにと。畑仕事はなかなかの重労働ですからねぇ」

 指さす先を見て棟梁がのんびり答えた。


「俺、そんなの頼んだっけ?」

「え? これはミミの奴が」


 後ろのミミを振り返ると全力で目をそらしやがった。まぁ、俺たちを気遣ってのことだろう。まあいい。


 家畜小屋も拡張してもらえたようで、牛たちも心なしかゆったりと過ごしているようだ。聞けばこれも彼女の意見だそうだ。見てないようで細かいところをよく見ている。礼を言うとミミは恥ずかし気に背中を向けた。


 家の裏にもいろいろあるんだぜお師匠、とビルが得意げに俺の手を引く。

 そこには何やら大きな障害やら木刀の打ち込み台などが並ぶ。どうやらビルとライザが狐人族の剣士たちと相談して訓練設備を設置してもらったようだ。


「はやくお師匠のように強くなってみんなの役に立ちたいからさ、もっと鍛えてほしいと思って作ってもらったんだ!」

 元気が服を着て歩いているようなビルが、満面の笑みでガッツポーズした。


「焦ってもいい成果は出ないわよ。日々の努力が大切なの。量をこなすより、手を抜かずに一つ一つの稽古を丁寧にやる、それが一番の近道。わかった?」

 ライザがビルの頭をなでながら諭すように語る。いいこと言う。お師匠の貫禄十分じゃないか。


 次に家の中に入ってみる。まずはダイニング。ここは畑がよく見える。すでに用意された皆で団らんできそうなラウンド型の大きな机。椅子も人数分揃っている。これはメグの意見だそうだ。


「みなさんで食卓を囲めたらきっと楽しいかなって。無理言って大きめの机を用意してもらっちゃいました」

 控えめに笑う少女もまた、仲間を気遣って棟梁に依頼したというのだ。気遣ってくれてありがとうなと頭をなでてやると恥ずかしいのか、「えへへ」と笑いながら顔を赤くしていた。


「私のこだわりはこの部屋です」

 エルザが案内してくれたのは……作業スペースか?


「魔道具や魔法薬(ポーション)の作製にお部屋が欲しかったもので……だめでしたか?」

「いや、これは俺がすっかり失念してた。指摘してくれてありがとう、助かったよ。早速作って欲しいものがいくつかあってな。メグに教えるのもあわせて、頼めるか?」


「ご主人様の願いなればなんなりと」

 エルザは柔らかく微笑んだ。彼女もよく気が付いてあれこれ世話を焼いてくれる。いつも頭が上がらない。


 風呂もなかなかいい感じに仕上がっていた。ここは俺のこだわりポイントだったのでわがままを言わせてもらっている。のだが……?

 ゆったりと足を伸ばせるくらいの大きさとは言ったが、それはあくまで一人で、という意味だったはず。どうしてこうなった。


「なんか、風呂桶の広さが半端ないんだが……?」

 余裕で同時に十人は入れるのではないだろうか。


「え? これはクロエ様のご要望で」

 棟梁が困惑した表情をうかべる。


「おいクロエ」

「ふふん。どうせなら広い方がいいじゃろ」

 暴力的な胸を張りながら得意げなちみっこ古竜様が答える。


「こんなにデカかったら、湯を沸かすのが大変じゃないか」

「男のくせに細かいのう」

 呆れたようにため息をつかれたので何だか地味に腹が立つ。


「お前が大雑把すぎるんだっ」

「ふん。それに小娘もいうておったではないか。なんじゃったかの……そうそう、みんなで入ればきっと楽しいじゃろうから、無理を言って、じゃ」


 人差し指を立てて真面目くさった表情でクロエが諭すように話す。が、こういうときこいつは決まってこんな顔で煙に巻こうとするのだ。


「とってつけたような理由つけやがって……だいたい一緒に入るわけないだろ」

「ワシと一緒に入りとうないのか? よしよしされとうないのか? そんなことないじゃろう。いろんなところ、してやるぞ? 『よしよし』」


 クロエはニヤニヤとオッサンみたいな笑顔を見せながら、怪しい手つきをする。


「入りたくもないし、よしよしされるつもりもない、ってかその手つきやめなさい」

「なんじゃつまらん」


 小娘どもをよしよしするからいいもん、とすねた振りをするクロエはこの際置いとく。

 決めた。クロエは風呂焚き専任当番だ。



 最後にキッチンを覗いた。


「ようこそ私の城へ。ここは私のこだわりを入れてもらいました!」

 そこではエリーが満面の笑みで迎えてくれた。


「前のキッチンも悪くなかったんだけれど、スパイスラックとか収納の類が狭くって。これくらい大きさがあればいろんな調味料や材料が置けるじゃない? 料理の幅も広がって食卓がにぎやかにできるわ。それに」


 俺の手を取ってぐんぐん案内する。不覚にもドキッとした。


「ほらみて、このクッキングストーブ! 二口じゃ効率悪いから大きめのモノを入れてもらって。オーブンの口もほら、こんなにあるのよ。いまから使うのが楽しみ~!」


 エリーがこんなに楽しそうにしているのを見るのは久しぶりだ。よほど新しいキッチンが気に入ったらしい。


「俺もはやくここで作ったエリーの料理が食べたいよ」

「ほんと!? ん、もうしょうがないなぁ。じゃあ今夜はパーティーね! ね、いいでしょ!?」


 そういってエリーは抱き着いて俺の腰に手を回し見上げてくる。小首を傾げて正直かなり愛らしいのだが、昨夜のことを思い出すと当然のことながら色んなところがいっぱいいっぱいで気の利いた言葉なんて出やしない。


「も、もちろん。新築パーティー、いいじゃないか。なあみんな」


 当然ながら、その提案に反対するものなどいやしなかった。が、周りの視線がなんだか痛い。


 そして今更ながら自分が何をしているか気づいたらしいエリーの顔色が、急に真っ赤に熟れた果実のように変わった。その流れで首筋まですっかり熟れたエリーが、ぷるぷると震えながらゆっくりと俺から離れていく。


「やるじゃんエリー。ウチも負けてられないってゆーか」


 ミミが彼女に突っ込みを入れるが、その表情がなんというか。戦いに臨むそれのように見えるのは俺の気のせいだろうか。



 狐人族の連中は、家が出来たら意外にもさっさと退散してしまった。なんでも邪魔になるから、だと。せめて棟梁やリーダーは残ってくれといったのだが、丁重に辞退されてしまった。そして「お嬢のこと、くれぐれもよろしくお願いします」と言い残し、棟梁は満足げな表情でそのまま村に戻っていってしまったのだ。報酬も結局いくらか野菜を持たせるにとどまってしまった。


 ミミと二人、彼らの背中が見えなくなるまで見送った。


「せめて今日までは、と思っていたんだけれどな。忙しかったのかなぁ」

「んー、多分だけれど、気恥ずかしかったんじゃないかなって思う」


 気恥ずかしい? ちょっと意外な回答だった。


「うん、だってウチらってヒトから疎まれることはしょっちゅうだけどさ、感謝されるっていうの、めったにないから」


 ミミがすこし自虐的に笑う。

 たしかに国や地域によっては亜人を冷遇したり迫害したりする。この国はそこまで差別意識は強くないのだが、それでも俺たちが知らないだけで一部の心無い連中に嫌な目に合わされる、なんてこともあるのだろう。


「そんなもんなのか」

「そんなもんだって。あでも、ダンくんはそんな人じゃないって知ってるよ」


 パタパタと両手を胸の前で振ったかと思うと俺の手を取る。


「だってダンくん優しいし?」

 そうやって上目遣いにじっと見上げるもんだから、つい目をそらす。


「……そうでもないさ」

「ううん、優しいってば。ウチ知ってるし。初めて会ったとき、亜人のウチを助けてくれた。それに大事な外套も貸してくれた。次会ったときは殺そうとまでしたのに追い出さずにここに置いてくれた。それにマカシジからも決闘してまで守ってくれた。こんなウチに役割をくれて、ここでの居場所をくれた。……ダンくんはいっぱいいっぱい、わたしに優しくしてくれてるよ?」


「そ、そうか。ありがとな、そんな風に思ってくれて」


 少しだけ言葉が途切れ、沈黙があたりに流れる。


「……ね、ダンくんはなんでわたしのこと……」


 それはミミにしてはやけに独り言と勘違いするほどか細い声だった。途中から聞き取れないほどに尻すぼみになり、風にかき消された。


「ん? なんだって?」

「ううん、なんでもない。……さ、家にもどろ? みんな心配してるかも」


「なんだよ、どうしたんだ?」

「えーっと、あー、言いたいこと忘れちった。それよかさ、早く戻ってパーティー始めようよ。ほら、エリー超怖いし!」


 にしし、と笑ったミミが背を向け一足先に家に戻っていく。

 そんな彼女の背中が、なぜだか少し小さく見えた気がした。


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