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26 山師爆誕と夜の散歩

 朝からなんだかエリーはよそよそしい。


 昨日の件が尾を引いているのか。ほぼハダカを見られただけでなく、事故とはいえ胸をがっつり掴まれたのだ。思い当たる節といえばそれしかない。やったのはすべて俺だが。


「きょ、今日は川の上流に行ってみたいと思う。ビルが拾ってきた石の鉱脈があるかもしれないからな」


 その言葉にご機嫌なビルはともかくとして、クロエとライザも今日は乗り気だった。

 対してエルザは呪文書(スクロール)づくりを、ミミは新しい弓の調整、そしてエリーはというと。


「わ、私は昨日の魚を保存食に加工しよっかなって」


 そんな感じで彼女たちは残って作業をするとのことだった。


「そうか。では我らだけで向かうとしようぞ」

 クロエはビルとともに元気よく駆けていった。兄弟かな? もちろんクロエが妹分。


 そこでもエリーは見送ってはくれるのだがかなり控えめ。手を振り返すとふいっと視線を外す始末だ。こりゃ嫌われたかな。ほとぼりが冷めるのを待つしかないか。



 追いついた俺にクロエが悪い笑みを浮かべつつ話しかけてくる。

「のう、聞いたぞ主よ。ついにあの娘を手籠めにしたそうじゃの」

「いったいどこ情報だよそれ」


「なんでもガッチリ腕で逃げられないようにして胸を揉みしだいていたそうではないか」

 ほれこんな感じで、などとニヤニヤしつつ両手を顔の横でわきわきさせた。


「ただ助けただけだ。デマもいいとこじゃねえかそれ。てかやめろその手つき」

 クロエの下品な手つきをした両腕をはたいてやる。


「あたっ。でも触ったんじゃろ? おっぱい」

「んまあ……触った、っちゃあ触ったがあんなのノーカンだ」


「はあ? それこそなかったことにできる話ではない気がするの。はぁ可哀そうに、もしかするとあ奴にとっての“はじめて”だったかもしれんというのに」


 クロエはため息をつきながら首を振る。くそ、わざとらしく呆れた感じを出しやがって。


「事故だろどう考えても! つーかその“はじめて”ってのもやめてくれ……」

「やれやれこれじゃから童貞は始末に負えん。マジで雑魚じゃのー」


「かっ、関係ねーだろそれ!?」

「なんじゃ、図星か? はっ、ざぁこざぁこ♡」


 ぐぬぬ、雑魚っていうな!


「ねえ、どーていって何?」

 ビルの無邪気な質問に息が止まる。


「ん? なんじゃビル知らんのか。三十歳になると魔法使いにクラスチェンジできる特殊な状態(バフ)のことじゃ」


 はぁ? 何言っちゃってんの、このアホ竜。


「へぇ。俺もなれるかな?」

「ビル、こんなアホ竜のいうことなんか信用するんじゃない。アホが感染(うつ)るぞ」


「ほれ、実際この雑魚(あるじ)も剣士のくせに魔法が使えるじゃろ? そういうことなんじゃ」


「けっ、経験と魔法が使えるかどうかは関係、あるわけないだろっ!」

「? なんの経験?」


「ビルよ。その質問はダンに効くから聞かないでやっておくれ」

気の毒そうにこっち見んな、このアホ竜! そしてビル。その話題からいい加減離れよ?


「えー? 気になるじゃん。なに、お師匠?」

「も、もう勘弁してくれ……」





 魚釣りをしたところから上流にしばらく歩くと川が徐々に谷を形成し、徐々に高度を増す崖の間に吸い込まれるように続く。

 そこから清らかな水が絶えず流れ続いている。


 その崖の一角に、真新しい岩盤が露出している部分があることに気づく。

 近づくとそこには遠目からもわかるくらい白銀鋼と思しき鉱脈が崖に斜めに層をなしているのが見える。いわゆる露頭という状態だ。


「お、どうやらあそこで間違いないようじゃな。ゆくぞビル!」

「がってん、クロエ姐さん!」


 なんじゃその呼び方は!? などと笑いながら駆けていく。二人はあっという間に崖の手前の森に消えた。仲いいなぁ、あいつら。


 残ったライザとゆっくり並んで歩く。


「なあライザ」

「なに、ご主人様」

「この辺りの土地ってさ、やっぱり……」

「ああ。ご主人様の領地の中よ。今朝空からも確認したわ。間違いない」


 だよなぁ。こりゃあうれしい反面、困ったことになった。この鉱脈、もし本物なら遅かれ早かれ誰かの目に留まる。面倒ごとにならなきゃいいが。


 考え事をしていたからか、しばらく沈黙が流れた。

 そんな俺を気遣ったのか、ライザが肘でツンツンとつつく。


「そんなことよりご主人様。昨日とうとうエリーを慰みものにしたって?」

「言い方。しかもしてない。俺のことなんだと思ってんだ」

「意外と肉食系なんだなって。でもさ、アタシにはちっとも手出さないくせになんであんな小娘を?」

「なあ、俺の言ったこと聞いてる?」


 睨みつけてやるとライザは真顔でこちらを見返した。かと思えば投げキッスを寄越す。そうだった。こういう時コイツは唐突に人をおちょくりに来るんだよ……。


「ところでなんで突然あんな露頭、出てきたんだろな。地揺れも大雨もなかったのに」

「ああ、それは簡単よ。たぶん原因アタシ達。姉さんとアタシ」


 ライザは自らを指さしニカッと笑う。何か大型の魔物でも出たのか?


「どういうことだ? 大型の魔物でも出たか?」

「あっ違う違う。えっとね、このあいだ姉さんとこの辺でちょっと喧嘩したの。その時確かあの辺りの山に姉さんがぶつかったと思うんだよね。その時じゃないかな?」


「そうだったんだ。お前たちも喧嘩するんだな。ちなみに原因は?」

「ん? 獲物の大角鹿(ヒュージエルク)をどっちが仕留めたかって話。くだらないでしょ?」


 ああ、先日獲ってきたあのバカでかい鹿。ってか喧嘩で地形を変えるのやめなさい。



 まもなく崖の直下までたどり着きクロエ達と合流した。見上げるとちょっとした高さの露頭となっていた。今日のところは場所の確認もできたことだし、手ごろな鉱石をいくつか見繕い引き上げることにする。


 そのあと町の鍛冶師に持って行ってみせると確かに白銀鋼の鉱石だという。しかも含有率もなかなかのもののようだ。どこで入手したかとしつこく聞かれたがまだ内緒にしておくことにした。


 信頼のおける商人か鍛冶師を早急に見つけなければ。




 そして日も暮れ食事も終わりあとは寝るだけ、となった今。


 非常に気まずい。


 夕食の後片付けでエリーと二人きり。

 先日の出来事が思い浮かぶ。ちらちらと彼女を盗み見るが表情をうかがい知ることはできない。


 取り付く島もないなぁ……。

 軽くため息をついてテントに戻ろうとしたとき背中越しに声をかけられる。


「ねえ、すこし散歩しない?」



 近場の小川沿いを二人歩く。しばらく無言で並んで歩いていたが、気づくと隣にいない。

 どうかしたのかと振り返ろうとしたとき、背中に軽いショックのあと温かい感覚がじんわり広がる。


 少し経って背中に抱き着かれたことに気づいた。するりと彼女の細い両腕が腰に回される。


「ど、どうしたんだ?」

「べつに。ちょっとくっつきたかっただけ」


 事も無げにエリーが答える。なんでそんなことサラリと言えるんだ……?

 そのまましばらく立ち尽くす。てかこういう場合どうすればいいんだ?


「あのさ。わたし、泳げないでしょ」

「あ、ああ」


 エリーが沈黙を破ってくれたので正直ホッとした。


「あの時わたし、『あ、ここで死ぬんだ』って思っちゃったの」

「……」


「もがいてもあがいても、水面がどっちかもわからなくて。怖くて目も開けられなくて。どんどん息は苦しくなって。とっても怖かったわ」

「たしかに、暴れ馬かって勢いですんごい暴れてたぜ」


 軽く冗談めかして返してやる。あまり恩に着てもらうのも申し訳ない。


「もうっ。必死だったんだから仕方ないじゃないっ……本当にもうダメだと思ったとき急に抱きかかえられて、気づけば水面に引き上げられてて」

「色々触っちまってごめんな」

「それはもういいって。気にしてないから。助けてもらったんだから、感謝してる」


 そこまでいうとパッとエリーが離れた。背中の蒸れた熱気があっというまに逃げていく。ひんやりとする感覚に何とはなしに寂しさを感じた。


「ね、ここに座って」

 近くの切り株を指さして座れと促す。


「ん? なんだ」

「いいからいいから」


 訳も分からず切り株に座る。すると待ってましたとばかりにエリーは俺の前に立ち、さわさわと頭やら耳やらをなでまわし始めた。


「くすぐったいよ。どした」

「んー、別に? ……ダンの髪の毛って、昔っから私のより太くてくせっ毛なんだよね。ふふ、かわい」


 そうやってしばらくクルクルと髪の毛をもてあそんだり手櫛で撫でつけたり。耳たぶをくにくにと触られるに任せていた。


 マッサージかな? と思っていたがそうでもなさそう。何か迷ってるような気配がする。


 なにやってるんだ? と聞こうとしたとき。一瞬ジッと見つめられた。エリーの華奢でいてやわらかな両手で頬のあたりをそっと包まれる。夕日のように真っ赤なエリーの顔。だんだん近づいてきて目を閉じて……そのまま口づけられた。


 ほんの短い時間。離れるときほんの小さく水っぽい音がした。

 名残りを惜しむかのように唇がふるり、と震えた。


 金縛りにあったように、見事に動けなかった。考えられなかった。


「え、ちょ、なんで」

 格好悪いがこれくらいしか返せないスキルの低さに自分でもあきれる。


「……お礼。助けてくれた、お礼だよ」

 互いの息がかかる距離。エリーは唇にそっと指を添え、恥ずかしそうに答えてくれた。


「お礼ってそんな」

「はっ、はじめてだったんだから。ありがたく受け取って……ほしいな」


「お……おう。ありがとう?」

「もう、なんで疑問形なのよっ」


 クスリと笑ったエリーだったが、視線をはずすと伏目がちにぽそりとつぶやいた。


「嘘。……どうしてもしたくなっちゃったの。いや、だった?」

「そんなこと、ない、けど」


「よかった」

 囁きが聞こえた。心臓の鼓動が一気に高まった。


 上目づかいのエリーが再び近づいてくる。


「なら今度は……して?」

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