23 死んだ証と逃がし屋ダン
「死んだことの証明って……あ、そういうことね」
エリーは合点がいったようだった。機転が利いていつも助かる。優秀なサポーターの証左、だな。
「いいか。俺が預かった服の切れ端やら装飾品を森で拾ったことにしてギルドに持っていく。普通に考えて素人が生きていける訳がない森の中だ。ギルドは魔物に襲われて死亡したと判断するだろう。落ち着いてから隣国の街に送ってやる。過去の俺たちに接点はない。狐人族はほとんど人族には興味ないから、万に一つも露見することはない」
「そんなこと……お願いしてもいいのでしょうか」
ジャックが恐る恐る尋ねてくる。
「ああ。しばらく二人で考えてみてくれ。後で湯桶と着替えを持ってこさせるから、身体を清めて着替えるといい。話は以上だ」
そして返事を待たずに席を立った。
並んで歩く道すがら、エリーが話しかけてくる。
「あんなこと考えてたのね。なるほど、これなら彼女たちの願いも叶うってわけね」
「まぁ、一時的にはそうだろうけどなー」
エリーが肘をこつんと当ててくる。
「なによ。勿体ぶった言い方するじゃない。私にはいい話に聞こえたけれど?」
「なぁエリー。隣国に逃れたところで、そこからどうやって生きていくつもりだろうな」
「え、そりゃ何か仕事して」
「元お嬢様と元執事に、なんの仕事ができるんだ?」
「あ……えと……」
「このままウチに留め置くことは俺たちにとって大きなリスクだ。それは解るよな? さっさと追い出すに限る。ギルドの連中に嗅ぎ付けられたら、下手すりゃ俺たちがお縄だ」
エリーは黙って頷く。
「とはいえ乗り掛かった舟だ。ある程度まで面倒は見るさ。ぶっちゃけこのままギルドに引き渡すのも悪かないが、どっちにしたって寝覚めの悪い話になるに決まってる。だったら少なくとも俺たちにとってマシな方を選ぶってのは理解してもらえると思うんだが」
仮にギルドに引き渡したとして、お嬢様は予定通り望まぬ結婚を。執事の方はよくてクビ、悪くすればリアルにクビが飛ぶ。どっちにしたってハッピーエンドは考えにくい。だったら一縷の望みを託して逃がす。そのあと野垂れ死ぬかもしれないが、そこはもう俺たちがあずかり知るところじゃない。
「あいつらを見つけちまった時点で、俺たちはすでに貧乏クジを引いてたってことさ」
陰鬱な表情を見せて「そうね」とエリーは短く返した。
結局二人は自分たちを死んだことにして、身分を変え隣国で生きていくことを選んだ。二人の決断だ、それもいいだろう。
死を偽装するための装飾品と衣服の切れ端をギルドに提出すると、その翌週ギルドから呼び出しがあった。男爵の使者が到着したのだという。
丁寧な礼をされ、謝礼として王国金貨百枚を提示された。黙って受け取る。そのあとの別れ際の言葉がとても印象的だった。
「宙に浮いていた婚姻話がようやく進みます。ありがとうございました」
余計な詮索をしたくはないが、こんな物言いをされるといやでも気になってしまう。
「本人がいないのに婚姻話はできるもんなのか?」
「ああいえ。お相手はケリー様の妹君でも構わないと仰せなのです」
男爵にとって実は娘の生死はどうでもよかったのだろうか。まさかとは思うが、生きていなくてよかったと思っているのだろうか。お鉢が回ってきた妹の心中はいかばかりか。いろんな憶測が脳裏をよぎる。
ケリーが婚姻を嫌がった理由の一端を垣間見た気がした。
その夜、目隠しをすることを条件に二人を運ぶことにする。飛竜の姿を見られるわけにはいかない。ちょうど今夜は新月だ。実に都合がいい。
飛竜のエルザが二人を乗せた荷車を吊り下げ西に向かう。俺はライザの背に乗り国境を越え、最寄りの街の近くに降り立つと一旦エルザとライザには姿を消してもらう。
やけに乗り心地のいい荷車に揺られていたらあっという間に隣国という事実は二人を驚かせたようだった。しかしそんな疑問も吹き飛ぶほど、安堵と喜びに満ちているようだった。
「ほら、餞別だ」
ギルドからの謝礼をそのまま握らせる。最初は遠慮していたが、ギルドからの報酬だというと割とすんなり受け取った。そこからいくらか渡そうとするので辞退する。
こんなことで謝礼は受け取りたくなかった。
そのあと何度も礼をしつつ二人は街の中へと消えた。
俺は笑えていた、と思う。
「ホント、ご主人様って損な性格してるわよね」
いつの間にか戻っていたライザが、背後に立つなりボソリと冷やかす。
「そうですわね。あまり深くお考えにならなくてもよいと思いますよ」
エルザが妹の言葉に続く。
「わかってる。そんな性格だってのは。だがな」
「わかった。もうしょうがないからさ。今日は帰ったら、特別にアタシが癒してあげるわよ」
ライザが右腕に身体を絡め、ぎゅっと押し付けてくる。悩ましい感触が俺を襲う。
「あら、姉を差し置いてそれはいけませんね。その役は私にお申し付けくださいませ」
エルザも負けじと左腕をとる。知ってはいたが、こちらも負けず劣らずの逸品。
「すまん二人とも。今日は、というか今日もそんな気にはなれない。それよりさっさと帰ろう。みんな心配しているといけない」
ストレートに好意を向けてくれるのはこの二人だけではない。よくわかっている。その気持ち自体はありがたいし嬉しい。けれど同時にその曇りないまっすぐな好意がとても怖い。
いや違うな。仮に好意を受け取ったとき自分がどうなるのか。その行動に自信が持てないのが何よりも怖い。だから踏み出せない。俺は臆病者だ。
「はぁ……」
海よりも深いため息を一つつく。間髪入れず「幸せが逃げますわよ」とエルザにたしなめられた。けれど直後もっとも、と前置きを入れた彼女はいたずらっぽく笑う。
「ご主人様にはそれ以上の幸せを与えて差し上げますけれど」
――ぜひともお手柔らかに頼みたい。




