22 貧乏クジとメロドラマ
知りたい情報は、本当に唐突に目の前に提示された。
まずはダンジョンの調査報告をと立ち寄った冒険者ギルド。入ってすぐの掲示板に思わず目を奪われた。
「なあに? 賞金首に興味があるのかにゃ?」
掲示板にくぎ付けの俺に、受付嬢のルーが絡んできた。しまった、思わずガン見してしまった。
「あ、ああいやなに。そんな悪そうな奴には見えないんで逆に驚いたんだよ。……このジャックって実はなんかヤバい奴なの? ってか何したの?」
「ん? ああこの人。貴族の執事じゃなかったかな? なんでも男爵令嬢をさらったとかで。令嬢には生きた状態で王国金貨百枚、こっちのジャックは生死問わずに五十枚の懸賞金が掛けられてるんだって」
何やらかしてんだあいつら!
「貴族の令嬢だって!? そりゃすげえな。二人で百五十枚かよ。見つけたらしばらく遊んで暮らせるな」
一人暮らしなら王国金貨一枚で半年はゆうに暮らせる北の辺境。にもかかわらずこの報酬は破格だ。よほど腹に据えかねているのか何としても娘に帰ってきてほしいのか。
「そう! おいしいよねこれ。見かけたら即ゲットだよ! ついでに私もどう」
「ちなみに出没情報とかないのか」
「って聞いちゃいねー……えーっと。たしか三日前、西の森近辺での目撃情報が最後かな。もう魔物にやられちゃってるかもね」
あ? なんか言ったか?
……ま、連中、まさにやられかけてたけどな。ってやっぱどう考えてもあいつらだよなこの賞金首。
「容姿とか、もう少し詳しく聞かせてくれないか」
「おっ、やる気ですなー。じゃ、カウンターでお話しましょ? あっ、エリーさんはあちらのカフェでゆっくりお茶でも」
「結構よ。それより私も聞かせてくれないかしら? 興味あるわ。あなたのお話」
エリーの様子にルーは肩をすくませると、俺の手を引きカウンターへと導いた。
またいらしてくださいねー、と手を振るルーに適当に手を振り、ギルドを後にする。相変わらず女に対しての行動に、エリーの目は厳しい。つねられた脇腹がいたい。
話を聞けば聞くほど二人の容姿に合致する。あとは本人と特定できる品物の確認くらいだろうが、十中八九アタリと考えていいだろう。まったく、とんだ貧乏クジだ。
一通り買い物を済ませ、帰り際になってエリーが先ほどの話題を口にする。
「まさか……引き渡す気じゃないでしょう、ねっ」
エリーが小物の入った木箱をよいしょと荷車に載せながら聞いてきた。
ドスン、とテントの袋を積み込んだところで返事をする。
「は? なんのことだ?」
「決まってるでしょ、あの人たちよ」
座席によじ登りながらエリーが当たり前だと言わんばかりに口をとがらせた。
「何言ってるんだ、もちろん」
素早く乗り込み、馬に鞭を入れるとゆっくりと荷馬車は動き出す。
「引き渡すさ」
「うそでしょ!? 冗談、よね? まさか懸賞金目当てとか? ちょっと、やめてよね」
「冗談なもんか。ああ念のため言っとくが、別に金が目的じゃないぞ?」
「お金じゃないなら、一体どういうことよ」
隣のエリーがにじり寄って膝同士がこつんと当たった。そして物事に夢中になると距離感がおかしくなる彼女の端正な顔が、反射的に振り向いた俺の視界にいつも以上に近くに飛び込んできたので思わずドキリとさせられた。慌てて視線を道の先に向ける。
「もちろん彼らの意思を尊重して、という前提はあるが……彼らには死んでもらうのも一つの手かなと思ってる」
「は!?」
引き馬がびくりと耳を動かす。こらこら、馬をびっくりさせるな。
ま、もっともどういう結論を出すかは本人たち次第だが……。
家に戻ると狐人族がわらわらと寄ってくる。なんでも進捗についての話と細かな調整についての相談らしい。主にエリーと相談し答えていく。
家の方は基礎と一階部分が出来上がっていた。今後はこれに桁となる木を渡してから二階部分のログを積み上げていくらしい。さすがに人数が集まっているから組みあがりもすさまじく速い。これなら数日中には完成しそうな勢いだ。
ひととおり確認してから件の二人のテントにエリーと向かった。入るぞと声を掛けてテントをめくると気を失っていた男、ジャックはすでに目を覚ましていた。
「おお、目が覚めたか」
彼はこちらに気づくと身を起こそうとするので手で制する。
「助けていただいた上、このように匿っていただけるとは。感謝に堪えません。妻共々お礼申し上げます、ありがとうございました」
「なに、困ったときはお互い様だ。気にするな。それより今後のことを考える必要があるだろう、なあ? 男爵令嬢さま」
ケリーに視線を向けると、息を呑む気配がした。アタリだな。まぁわかってたけど。
「……どういうことでしょう? おっしゃる意味が」
「冒険者ギルドで手配掛かってるぜ、あんたら。特にジャック。あんたは死体でも構わないそうだ。耳と装飾品の一つでも持っていけばあっという間に俺は小金持ちだな」
肩をすくめておどけて見せるも、ジャックは存外冷静だった。
「……はあ、どうやらここまでのようですね」
「そんなジャック! ここまで来て」
ケリー……嬢とでもつけるべきか? まだ頑張りたい様子だ。まったく、世間知らずな。
「そうはいってもお嬢様。あの森を抜けたところで国境はまだ先。仮に首尾よく国境まで行けたとしても関所を抜けるのは」
「まぁ、普通に考えても無理、だな。ま、その前にこの状況からどうやって抜け出すかを考える必要はあるが」
それでもお嬢様は折れる様子はない。
「私、絶対に屋敷にはもどりません! あんな人と結婚するなんて考えられません、ジャック、あなたと添い遂げたいのです!」
「私だって気持ちは同じです、お嬢様。けれどこの状況ではいずれ……」
「ああ、ジャック……!」
「お嬢様……」
寝ているジャックに覆いかぶさるように抱き着くお嬢様の絵面はどうにもきまらない。
「あー、盛り上がってるとこすまんが、ジャック。あんたの気持ちを知りたい。この状況が何とかなれば、本気でお嬢さんと添い遂げたいと思っているのか?」
「何とかって……もうどうにもならない」
「んなことはどうでもいい。このお嬢さんと本気で一緒になりたいのかどうかって聞いてんだよ! お前戻ったら下手すりゃ死ぬぞ、どうなんだよ!?」
突然の俺の強い言葉に、ジャックはびくりと身体を震わせた。「ちょっと」とエリーが小声で窘めてくる。
「そ、それはもちろん、できることならお嬢……ケリーとずっと一緒に」
「できることなら?」
「……何があっても」
「この言葉、二言はないな?」
「ええもちろん。私は彼女を愛しています」
「無理やり言わせてるじゃない……」などと小さくつぶやくエリーの言葉はこの際無視する。ケリー嬢の方を見て言葉を促す。彼女は小さく頷き、はっきりと告げる。
「はい。私も彼を生涯の伴侶として添い遂げたいと考えています」
「そうかわかった。そしたらやっぱり死んだ方がいいな」
「ちょ、だからどうしてそうなるのよ!」
エリーが慌てたように食って掛かる。
「や、だから死んだってなったら男爵閣下も諦めがつくだろ? それが一番手っ取り早い」
「は? それならそうと……で、どうするの?」
「そうだな……お前たちとわかるような指輪とか装飾品の類、なにか持ってるか? あと庶民の服、まぁ俺とエリーのだが。それを渡すから、着替えて今着ている服をくれ。いいか?」
「そんなもの、どうするの?」
エリーが怪訝そうな目でこちらを見る。
「なに、でっち上げるのさ」
この時の俺は最高にいたずらっ子の目をしていたに違いない。
「死んだことの証明をさ」




