21 妙な女性と救難活動
「わかった、そっちに行く。……注意して進行。エルザ、邪悪探知くれ」
了解しました、と短い同意ののちエルザは魔法を発動。まもなく周囲に害意無しとの報告が返ってくる。そのまま目立った障害もなく声の主の下にたどり着く。
「よし、役割を決める。エリー、エルザは容体の確認と治療。メグ、明かりをくれ。ビルはメグを守れ。クロエとライザは通路を警戒。ミミは気配に注意しろ。俺は彼らと話をする」
全員に目配せすると一様に頷き持ち場に散っていく。
男女の二人で間違いないらしい。男は足の骨折と腹部の損傷がひどい。部隊随一の治癒師にどうだと聞くのも野暮だが、念のために確認する。
「なんとか間に合うと思う。誰かさんが話しかけなければ、ね」
服を切りますよ、などと男に声を掛けつつ早口で答える。邪魔しちゃいかんな。
「じゃああなたに事情を伺いましょうか。まず出身とお名前を」
彼女は目を伏せ少し考えるしぐさを見せる。……迷っている? がそれも一瞬。すぐにポツポツと、こちらをまっすぐ見つめながら語りだした。
二人はジャックとケリー。ここから東に馬で半月ほどの距離にあるフォルテア男爵領から逃げてきたらしい。双子の街より遠い場所だ。どうにもこの土地は逃げ落ちるにふさわしい土地柄らしい。
商家の娘とその従業員だという。ケリーの親が雇った追っ手から逃れるためここに逃げ込んだとか。どこかで聞いたことのある話だ。言い訳も似通ってくるのだろうか。チラリと双子を盗み見るが普段と変わらぬ様子で役割をこなしている。
「治療、終わったわよ」
エリーが汗を拭きながらこちらに知らせると、ケリーははじかれた様に治療されていた男、ジャックに向かい合う。先ほどと比べるとずいぶん血色も良くなっている。治療が奏功しているのだろう。戦場では多くの騎士の命を救った頼れる聖女、相変わらずの腕前だ。
「治療は完了していますが、ダメージが大きいので意識はまだ戻りません。しばらく安静にする必要があります」
「ありがとうございます。本当に、ありがとう。ジャック、ああジャック……よかった。ごめんなさい、私のせい、で、」
そこまで口にすると感極まったのか、彼女は途端に泣き崩れた。そういえば今まで涙の一つも見せなかった。それほどまでに張りつめていたのか。
本人が目を覚まさない限り動かすのも結構大変なので、目を覚ますのを待つことにする。片時もジャックから離れようとしないケリーを、エリーが遠巻きに優しいまなざしで見つめる。
「ありがとな、エリー」
「ふっふっふー。どう? 役に立つでしょう?」
「もちろん。お前……エリーが居ないと危なかった。実際いままで何度も助けられたしな」
「私の役目だもの、当然よ。存在意義といってもいいわ。傷や病を癒して、死の淵から人々を救い出す。それが神官であり聖女である私の役目」
「んー、役目、ってのもあるんだろうけどさ。その、仲間として、だよ。いつもありがとな」
エリーがゆっくりこちらに振り向き、目をわずかに瞠る。
「……ねえ兄さん」
「なんだ?」
「なにか変なもの食べた?」
「そういや腹減ったな」
時間もよかったので火を熾して食事をとることにした。火を見るだけでも落ち着くものだ。事実ケリーは炎を眺めながら彼の手を握り、リラックスした表情を浮かべる。
食事は簡単な干し肉と乾燥野菜のスープにパスタを放り込んで岩塩で味を付けただけのものだったが、ケリーは実に美味しそうに食べる。逃げ出してからロクに食事もとれなかったのだろう。そういえばずいぶん服装も汚れ、髪も乱れている。ずいぶん無茶な逃避行だったのかもしれない。
「彼が目を覚ましたら食事をさせた後ここを出よう。街の冒険者ギルドに保護を願い出れば安心だと」
「すみません、街には行きません。助けていただいたのに申し訳ありませんが、ここを出たら更に西に向かおうと思います」
遮るように発せられたケリーの意外すぎる答えに、思わず言葉を失った。
「ば――バカ言っちゃいけない。今度こそ死ぬぞ」
その言葉にケリーは唇をかんでうつむいた。多少なりとも地理に明るければすぐにわかることだ。この様子からも彼女はここから西がどうなっているかも知っているのだろう。
ノーウォルドの西、つまりこのダンジョンがある森だが、さらに西はうっそうとした森林が延々と広がっている。
森の中は魔物や野生動物が数多く生息しており、素人が踏破できるようなものではない。
南側にその森林を避けるように街道が作られているが、隣町へは乗合馬車でも優に三日はかかる。そして人目を気にする二人はこのルートを使えないのだろう。使えるのなら、そもそもダンジョンに隠れる必要も無かったはずだ。
さらにこれだけのトラブルに巻き込まれてもなお、そんな無茶をいう。並の商家の娘がただ恋人と逃げるにしちゃあ覚悟がキマり過ぎてる。このまま放っておくと本当に森林横断をやらかしそうだ。そうなれば待っているのは確実な死。
夢見が悪すぎるぜ、そんなの。となれば、だ。
――まったく、お人よしにも程がある。
「わかった。街に行きたくないのなら、いったん俺たちの家に来い。町はずれの農場だから人はほとんど来ない。そこで身体を休めてからでもいいだろう?」
ケリーは少し考えた様子だったが、やがておずおずと頷いた。
「兄さんならそういうと思った」
エリーが食器を回収に来た時に、ぼそりと呟いた。驚いて彼女を見ると、笑顔を返してくれる。彼女にとっては正解だったようだ。
「さすがダンくん、やさしいね!」
すばやく頬にキスをしたミミは、ひらひらと手を振ると鍋を取りエリーの後を追った。
てか人前で、いや人前でなくてもキスはしないでもらいたい。
ほら、痛いんだよ。エリーの視線が。
でも。やさしい、か。どうだろうな。長い目で見れば利己的で残酷な選択かもしれない。
結局食事を終えてもジャックは目を覚まさなかった。仕方ないので近くの木切れで簡易な背負子を作り、彼を縛り付ける。
「でもいいんですか、ダンさん」
出立前、メグがそっと近づき耳打ちする。
「なにが?」
「いえ、帰ったとしてもボクたち、ほら。まだ家が無いんですけど」
「あ」
そうだった。まだ新居は絶賛建築中だわ。しかたない、テントを一張り買いに町に行くか。ついでに彼らの情報をそれとなく探そう。
そしてあんぐりと驚いた表情でぺちゃんこの家だった残骸を見た彼女らをいったん既設のテントに案内し、双子に任せた。
そのほか一切をクロエにたのみ、メグと二人、荷馬車に乗って町に向かったのだが、そこでまったく予想していなかった情報に出くわすこととなったのだった。




