18 真剣議論と暇つぶし
宴もたけなわ。
周りでは変わらずどんちゃん騒ぎが続いているが、食事もひと段落着いたところでクロエがみんなを呼ぶ。
「主よ。ご苦労じゃったな。というほどでもなかったかの? さて、余興にもならなんだが厄介ごとも解決したようじゃし、そろそろアレを決めようかと思うのじゃが」
まずもって意味が解らない。アレってなんです?
「そうですね。大事なことです」
メグがふんす、と気合を入れたようだった。いったい何の話だ?
「いまの我らにとって最重要課題といえるじゃろう。議題は『新居の間取りと各人の部屋割について』、じゃ」
その瞬間周りの空気が変わった気がした。
いやいや雰囲気に呑まれてはいかん。みんなは意見を欲している。たぶん。
まずは無難に提案してみる。やましい気持ちなんて微塵もないですよ、俺には。てかホントに静かに暮らしたいだけだから。みんな、そこんとこ察してくれたのむ。
「オーソドックスにさ、廊下に部屋を並べてくじ引きでいいんじゃないのか? それか男女で場所分けるとか。なあビル?」
「うへあ!? あ、そ、そうですね!?」
「なに素っ頓狂な声出してんだお前」
「そんなのだめですよ」「そうよ」「ダンくん空気読めなさすぎウケる」
しかし俺の意見は次々に反論され、華麗にスルーされる。なんで? これ、家の間取りの議論だよね?
「ダンさんはみんなのダンさんなので、やっぱりみんなの部屋から等距離である必要があると思うんです」
メグよ。俺、魔除けか何かか?
「じゃさ、ダンくんのお部屋を真ん中に置いて、ウチらの部屋をぐるっと円形に配置するってのはど?」
ミミの提案にメグが少し考えて答える。
「それだとダンさんのお部屋のドア位置が影響して、公平性が保てなく恐れがあります」
うん、見世物小屋かな?
「そしたらいっそ、壁とか無くしちゃったらいいんじゃね?」
なぁミミ。それ部屋の意味、なくね?
「考え方を変えましょう。各部屋にベッドを二つ置いて、日替わりで兄さんに移動してもらうのはどうかしら」
おいおいエリーさんや。俺のプライベートはどこに行ったのかな? 迷子かな?
そもそもなぜふたり同じ部屋に寝泊まりする必要があるのかな?
「でもそれだと一週間に一度だけしか会えないという弊害が想定されます」
いや昼間はいつでも会えるよね、エルザ?
「ふむ、埒が明かんのう。こうなったら主は我と同じ部屋ということで」
「それはお館様といえども看過できないというか。白黒はっきりさせないとっていうか」
「なんじゃ、我と一戦交えるつもりかライザ?」
「事と次第によっては」
「ちょっと、ちょっとまて! お前ら、一体何の話をしている?」
すると三者三様に「部屋割と最適な部屋の配置について」と答えるもんだからいよいよもっておかしい。
「もう間取りと部屋割は俺が決める。異論は認めない」
途端に女性陣から不満の声が上がったが知ったことか。
「よっしビル。二人で決めようぜ」
「えっ、あっ、それは」
ビルは先ほどから周りをしきりに気にしているようだった。なんだ落ち着かないな。
「なんだ? トイレか?」
「ちっ、ちがわい! ほんっとお師匠ってデリカシーないっていうか」
「あ? なに女々しいこと言ってんだお前」
「と、とにかく! 部屋割はお師匠が勝手に決めてよ。俺はそれに従うから」
そういって返事を待たずにビルはその場を後にした。反抗期かな?
結局建設のしやすさと使い勝手の良さから、北側に廊下を配してその南側に部屋を並べる二階建てとした。最初に出した案だが、効率と住み心地を考えるとこれだろう。
一階には浴室や食堂、リビングなどを配置、そこからウッドデッキを伸ばして外でくつろげるように考えた。浴室は王都の上級貴族か王族しかもっていない超贅沢設備ではあるが、無類の温泉好きを自称する俺としてはどうしても欲しい設備だ。さすがに温泉は湧いていないから井戸や裏の川から水を引き込めるようにする。
水を張ったらそこに熱した石を投げ込むことで湯にする。本来石は薪で焼いて加熱するわけだが、幸いここは魔法師が充実している。石を加熱する、あるいは水を直接加熱するのもわけない。おかげで薪を大量消費して山の木を切り倒しまくる、なんて愚行をしなくて済む。経済的でしかもエコ。実にすばらしい。
最初はあんな感じでブーブー言っていた女性陣だが、俺がこう! と宣言したら意外と大人しくなり、すんなり受け入れてくれた。利害が対立しない者の言うことはあっさり受け入れる様子から、やはり根は素直な連中なんだろうと思う。
利害が何なのかはあえて聞かない。絶対聞かない。
「では間取りは決まった。材料もクロエが準備してくれたからこれも気にしなくていい。建てるのは狐人族の連中が任せろと言ってくれた。ありがたいな。ということで、俺たちはやることがなくなったわけだ。そこで一つ提案がある」
何事かと皆がこちらを向く。そこで大仰に咳ばらいを一つ、再び口を開く。
「ダンジョンを探索しようじゃないか」
「「「ダンジョン?」」」
ハモったな。
「先日、北の森の奥に新たな洞窟が見つかったらしい。中から時折人型の小さい魔物が出てくるらしいから、ダンジョンなんじゃないかということだ。ギルドも調査し必要ならば掃討をと考えているらしい」
「ほう、つまりその未踏破の洞窟を家ができるまでの暇つぶしに攻略するということか。主も変わり者よのう」
クロエがあごに手を添え、口角をあげつつ目を細める。
「もしかして村が襲われたのも、森にそんなものがあるからなのかな!? じゃあじゃあ、洞窟をキレイにしたら、もう襲われないってこと?」
ミミは自分の集落が襲ってきたのがソイツらだと思ったようだ。そんな危なっかしいモノが近くになるのなら、排除したくなる気持ちもわかる。
「断定はできないが、その可能性もあるな」
双子は互いに見合って何やら話していたが、ビルがおずおずと手をあげて話し出した。
「で、でもお師匠。ここにいる人たちでやるのか? 大丈夫なのか?」
ああ、そんなことか。
「んー、大丈夫だと思うけどな? マズそうなら引き返せばいいし?」
そんな適当な、というビルの言葉にクロエがニヤリと笑う。
「なんじゃ、ビルは怖気づいたのか? 心配するでない、我を誰と心得る」
そこでクロエが胸を張ると髪をかきあげドヤる。
「いざとなったら敵は洞窟ごと我が吹き飛ばしてくれよう。それで万事解決じゃ」
「え、その時どうやって洞窟から逃げるの?」
「ん? 大丈夫じゃろ。死にはせん。多分な」
「だめだ、適当なひとが多すぎる」
ビルの顔色はますます悪くなっていくばかりだった。対するクロエはケタケタ笑う。からかってやるなよ、かわいそうだろ。
「まあそんな深刻に考えるなビル。クロエも程々にしてやれ。今回の目的は調査。可能ならば掃討ってことになってるが、俺の考えは違う。一番の目的はお前たち二人のスキルアップだ。無理には進まない。それにここにいる連中はずいぶんと役に立つんだぜ? いざとなったら絶対守ってやるから、だから過度に恐れる必要はない。なぁみんな」
「せっかく得た弟子だし? うっかり死なせるわけにはいかないわね」
「ええ。二人ともまだまだこれからですから。みんなで育てていきましょう」
「回復役としての力も信じてくださいね」
「ま、ピンチになっても我がおるからな」
「それが心配なんだよ」
俺の言葉に「なんじゃと!?」とクロエが声を荒らげたところで笑いが起きた。
明日は初めてのダンジョンだ。ワクワクが止まらない。ちゃんと眠れるか心配だ。