14 飛竜の姉妹とお館様
ビルに朝食の前の朝鍛錬をつけているときだった。
馴染みの姿が遠くに見えたので手を振ってやる。すると気づいたのか、スピードを上げて……急降下してきた。
ゴウッ! とひと際風が起こり、ビルが「わっ!」と声を出す。思わず閉じた目を開けると、そこには懐かしい――といってもふた月くらいぶりだが――二人が立っていた。
「おはよう、二人とも。しばらくぶりだな」
「ご無沙汰しております、ご主人様」
「おはよ、ご主人様。っていうかアタシたちに何も言わずに城を出て行くってひどくない?」
「そう拗ねてくれるなよライザ。色々事情があったんだ。あとで説明するから今は勘弁してくれ。ごめんな?」
ライザはその燃えるような赤い髪をかき上げ、うっとうしそうに首を振って鼻をならす。サラサラと手入れの行き届いた髪が風をはらみ流れていく。ふたたび開かれた切れ長の目はぎらりと黄金の輝きを放ち、容赦なくダンをにらみつける。
「ふんっ。いいわよ、後でじっくり聞いたげる。まぁどうせロクな理由じゃないんでしょうけど?」
ライザは腕を組んでぷいとそっぽを向くが聞いてくれる気はあるらしい。なんだか顔が赤いぞ、調子悪いのか?
「エルザもすまないな。一緒に聞いてくれるか?」
ライザとは対照的に手をおなかの辺りで重ね、直立不動でエルザは頷く。髪色も対照的な深海を思わせる深い青。瞳は控えめな銀色の光をたたえる。
「ええ、もちろん構いませんが……それよりこれはいったいどういう状況なのですか? どうやら野営をされているご様子。おまけにあちらのがれきの山は……?」
まわりをぐるりと見渡しながらエルザが言葉を継ぐ。まぁ、そういう感想になるわな。
「ああ、それについてはお前らのボスに聞くといい……おい、クロエ!」
クロエを呼ぶと、ぽてぽてとこちらにやってくる。無防備に近づくその姿だけ見るとそこそこイイトコのお嬢様だ。言われなければとても伝説の生物には見えないだろう。なるほど男避けという彼女の言い分も一理あるのかもしれない。
「あ? なんじゃ。……おお、来たかぬしら。今日よりここが我らの拠点じゃ。貴様らも励め。よいな」
ニッコニコで指示をだすも、エルザは真顔で受け止める。ま、コイツとの付き合いも長くなるとこうもなるわなきっと。
「承知いたしました。あの、お館様。すこし発言しても?」
「ん、ゆるす」
ドヤってんじゃねーよ、お館様。
「ありがとうございます。拠点とのことですが……この惨状はいかがなされました? まさか何者かの襲撃……お味方はみなご無事なのでしょうか? われら哨戒に向かった方が」
「あ、あーそれには及ばんよエルザ。これはそのーじゃな」
キョドってんじゃねーよ、お館様。
「これはこいつが踏みつぶした、俺の家のなれの果てだ」
忌々し気にクロエを指さし、そのなけなしの威厳を突き落としてやることにする。
「ま、まあありていに言えば……そういうことかの?」
彼女はばつが悪そうにあさっての方を向き、頬をかく。
「はぁー。お館様ぁ。おっちょこちょいが過ぎますよ? だからいつまでたっても『へっぽこ竜』なんて東の連中にバカにされるんですよっ」
ライザはいつものオーバーアクションが今日も冴えわたる。いいね元気だね!
「ライザ。口を慎みなさい。この場合は『粗相が過ぎます』辺りに留めておくものですよ」
エルザよ、それは何が違うのかと言いかけて突っ込むのをやめた。不毛すぎる。
朝食の準備をしていたエリーとメグ、ミミを呼んで簡単に紹介をする。
「ライザとエルザだ。二人とも翼竜。クロエと同じく人化できる。便利だな。もともと彼女たちはクロエの付き人、もとい竜なんだが、俺にクロエが力を貸してくれてる関係で二人も俺たちの仲間として動いてくれている。頼りになる二人だから、ぜひ仲良くして欲しい」
ライザはニヤリと笑うとその健康的に主張し過ぎるきらいのあるその胸をババンと張って腕を組む。隣のビルから声にならない嘆息がもれる。
対してエルザはずいぶんと慎ましやかだ。誰が見ても違い過ぎる外見に態度。いつ見てもとても姉妹とは思えない。ただことスタイルに関しては彼女たちが姉妹であることを如実に語っている。
「ライザよ。よろしく。ま、基本お館様かご主人様のそばにいるから用があったら声かけて」
ライザがうっとうしそうに髪をかき上げると鼻を鳴らした。
まさかコイツ……話すたびに髪をかきあげないと死んじゃう病にでもかかってるのか?
「エルザです。ライザとは姉妹なの。わたしもお二人のどちらかのそばに居ることが多いので、よろしくお願いしますね」
「ライザの剣の腕はなかなかのもんだぞ? ビルは彼女からも稽古をつけてもらうといい」
俺の言葉に興味を持ったのか、ライザはビルにぐいと近づく。対するビルは及び腰で半歩下がった。
「へえ、こっちの子は剣をやるの? いいわよ、教えてあげる。もっともご主人様にはまだまだおよばないから、弱っちいとかいわないでよね!」
「世辞はいい。あとお前の剣技はいい線行ってるぞ? もっと自信持て。……で、エルザは魔法が得意なんだ。メグは彼女からも教えてもらうといい。魔法の腕は保証する」
「ご主人様にそう持ち上げられると、何だかこそばゆいです。でも悪い気はしませんね。いいですよ、教えて差し上げます」
ああいってはいるが、ライザの剣の腕はなかなかのものだと思っている。おまけに竜族が持つ頑強な身体。その身体能力を攻撃に振り向けられると、いくらテクニックがあろうが木っ端同然。ガチンコでは俺でも勝負になる気がしない。それにビルにはいろんな相手と稽古をして欲しい。稽古の相手が多いほど剣士は強くなるからだ。そういった意味でもライザの指導は心強い。
また俺は魔法騎士だ。初級攻撃魔法以外には付与魔法しか使えない。メグにはすぐにより上級の攻撃魔法が必要になるだろう。エルザは上級攻撃魔法を扱えるのはもちろんだが、召喚術の心得もあると聞いている。スキルの幅を広げるためにも、彼女の指導はきっと役に立つはずだ。
朝食をとったあと、俺が軍を抜けて王都を去った理由を伝えるため、テントの一つにエルザとライザの二人を呼んだ。一通り話し終えたところで二人共むくれた表情を見せたかと思えば次々に文句を言いだした。
「なんなのよ、それ。ひどすぎるじゃない。ご主人様、もっと怒ってもいいんじゃないの」
「そうですよ。婚約者がお国のために戦場に赴いている間にそんな……不誠実すぎます」
うん、そうだよね。ありがとう、ふたりとも。だけどさ。
「なぁ、二人とも。なんで俺にくっついてんの?」
「アタシたちを置いていったご主人様がわるい」
「ご主人様成分を摂取してます」
なんだよ、成分って。あっ、ぐいぐい押し付けんな。やわらかいじゃんか。
「で? いつあの女始末すればいい? この後すぐ?」
ね、俺の話聞いてたキミ?
「外遊などがあれば手っ取り早くていいですね」
うん、カジュアルに暗殺計画練るのやめよ?




