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13 加護と代償

 そのあとクロエが「久しぶりじゃから」と俺のテントで寝ようとしたとき、たまらずといった表情でエリーが声を上げた。


「く、クロエ様は古竜であらせられますが、今の外見は少女。だ、ダンがうっかり手を出してしまわないか心配なのです、が!」


 そんな彼女の様子を見たクロエは一瞬きょとんとした後、カラカラとおかしそうに笑った。


「な、なにがおかしいのですか!?」

 エリーは顔を紅潮させ彼女に言い募る。


 クロエがひとしきり笑ったあとでエリーを手招きする。ニヤついた表情で二言三言耳打ちすると茹蛸のようになったエリーは「そっ、そんなこと、思ってませんから絶対に!」と相当狼狽えつつ、逃げるように自分のテントに引っ込んだ。


 俺たちも別のテントに潜り込んで早々に寝袋に身体をうずめた。明かりを絞ったカンテラに照らされ薄ぼんやりとした帆布を見上げながら、さきほどのやり取りを思い出す。


「なあクロエ。さっき一体エリーに何を吹き込んだんだ」

 隣のクロエがこちらに向き直る気配を感じた。


「なに、気になるか? だが残念、女の子同士のヒミツじゃ。……それよりお主、まだ言うておらなんだのか」

 あの事。契約の内容についてか。


「女の子って……そんなタマかよ……。ああ。なんとなく、言う気になれなくてな」

 契約の内容を他人に話すことが禁忌だといったこと。あれはクロエの嘘だ。俺の口から言わせようとしているのだろう。まったく、細かいことに気が回ることで。


「まぁお主らの事柄じゃから、我がどうこう言う立場ではないが。早いウチのほうがいいと思うがの。年長者からのちょっとしたアドバイスじゃ」


 クロエをちらりと見るとにへ、と笑顔を返してくる。軽くため息をついて視線を空に戻す。


「そうはいってもな。なんて説明するんだ? 『お前を助けるために緊急避難的に契約した、その副作用で色々面倒が起きててすまん』とでも言えと?」

「大体そんなもんじゃないかの?」


 ずいぶんあっけらかんと言ってくれる。


「そんなこと言ってみろ。アイツはあっという間に自責の念に押しつぶされちまう。あの件もそれが理由と知ったら」

「『衝動』が悪い方向にいってあの娘を襲った話か。でも未遂だったんじゃろう? ノーカンじゃ」


「そんな、なかったことにできるレベルの話じゃ」

 事はそんな簡単な話じゃない。エリーが感じた恐怖はいかばかりか。思わず軽く身を起こしてクロエを見る。


 そんな俺の言葉にも、クロエは全くと言っていいほど動じる様子はない。

「はぁ、あやつもそうじゃったが主もつくづく面倒な奴じゃな。もはや家系かの? 主らの仲はその程度の秘密の暴露も共有もできん程度なのか?」


「う、そ、それは」

「それらは単なる言い訳で、実は主が臆病なだけ。ちがうかの?」


 違……わないのかもしれない。エリーが傷つくことが怖い、なんて言っているがその結果あいつが俺から離れることを恐れているだけなのかもしれない。


 綺麗ごとを言ってはいるが、結局のところ自分が失うのが怖いだけ……なんだろうか。

 モヤモヤした気持ちのまま、再び寝袋にもそもそと潜り込む。


 しばらくテントには沈黙が流れた。周りの草や葉擦れの音、フクロウや虫の鳴き声だけが流れる。どれくらい経ったろうか。おもむろにクロエが口を開いた。


「まだ起きておるか? 主よ」

 ああ、と返すと衣擦れの音がした。


「……ほれ、こっちに来い。しばらく一人で寂しかったじゃろう?」


 見るとクロエは寝袋から上半身を出し両手をこちらに差し出している。


「い、いつまで子供扱いすんだよ。俺はもういい大人だ」

「そんなこと言うてー。お前の祖父と同じじゃの。そういう子供っぽいところがそっくりじゃ。ほら、四の五の言わずに早うこんか!」


 クロエはしびれを切らしたかのように、俺を寝袋ごと引き寄せる。


「わっ! ……たく」

「はあい、よちよちよち~」

 彼女はそのまま俺の頭を抱きかかえるようにする。

 逃げようにも、このバカ力に対抗できるものはおそらく人類にいない。


 あたたかく、懐かしい香り。


「最後にこうしてやったのはいつじゃったか……確かお主が十歳くらいではなかったかの」

「そうだったっけ? 覚えちゃいねーよ」


 あまりの恥ずかしさに、ついぶっきらぼうに答えてしまう。


「ふふ。我はよく覚えておるよ。お前の祖父の従軍に付き合う直前じゃった。あの時は、散歩程度のつもり、だったんじゃがな……」


 あの時。じいちゃんを見送った最後の戦い。あれ以来、じいちゃんは帰ってきていない。


「……どうじゃ、ひさしぶりにおっぱい吸うか?」


 そういって目の前にドンと存在する胸元をちらりと開く仕草を見せる。


「しねーよ!!」

「なんじゃ、つれないのぉ。小さいときはあれほど」

「俺、今いくつだと思ってんだよ……」

「ふふ。我にとっては、いつまでも子供のままじゃよ」


 しばらく言葉が途切れる。俺の言葉を待っているのだろう、クロエはただゆっくりと俺の頭をなでている。


「なあクロエ」

「うん?」

「……俺は、何か、間違ったのかな」

「どうかのう……今はわからん。じゃが一つだけはっきりしとるのはあの娘のことじゃ。あの娘、エリーは大事にしてやらねばならぬよ。けしてあの娘の気持を裏切るようなことは」

「ああわかってる。もう後悔……したく……な、い……」


 ――今は心を癒やすとき。新たな嵐が来る前の、一時の短いやすらぎのとき。

 ゆるりと眠れ、わが胸で。我はお主の母となろう。


 今はやすらかに眠れ、ウォーレナよ。正しき心を持つものよ。

 お主が道を違えぬ限り、我はお主の剣となろう――


 クロエの語りかけはあくまでもやさしく俺を包み込み、あっという間にまどろみの中にいざなった。


 予言めいた一言に、一抹の不安をかかえつつ。


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