1 騎士団長殺され
騎士をクビになった主人公が田舎でスローライフしようと思ってたら、いつの間にか周りに仲間が増えていて気づけばざまぁ展開になって、最後はやっぱり主人公!っていうお話です。
二部の執筆も始めました。
やっぱり主人公! ……のあと旅をして問題を解決していくうちに新たな壁が立ちふさがって、チームで何とかしちゃう、でもやっぱり最後は主人公!っていうお話になると思います。
ストックがたまったら順次公開しますので、のんびりお付き合いいただけるとうれしいです。
――俺の婚約者は売女だった。
一年にもわたる蛮族掃討に駆り出され、やっと戻った俺を待っていたのは婚約者の懐妊の知らせだった。当然一年のあいだ、彼女の手に触れるどころか顔すら見ていない。
俺が昼夜を問わず蛮族だらけの敵地で活路を切り開くあいだ、婚約者は別のモノを開いていたというわけだ。まったく、淑女が聞いて呆れる。
これがただの町娘の話ならば、と考えたこともある。
俺の気持ちさえ無視すればさして問題にはならないだろう。ゴシップすらなりはしない。だが残念ながらそうはいかない事情があった。
なぜなら俺は国の騎士団を預かる長、騎士団長であり、こともあろうに婚約者はこの国の第三王女殿下サマだからだ。おまけにお相手は宮中伯ときた。こんな組み合わせ、醜聞としては恰好のネタ。いまや王家は火消しに躍起だ。
ということで宮中のお歴々はどうやら俺を亡き者にすることを選んだらしい。
――いやさすがにそれは語弊があるか。
もとい、戦死したことにしたいようだ。
今回の件、凱旋した将官を歓待する様子もなく謁見の間で直接伝えられたのはつまり、帰る前から決まっていたということだ。
そう、既定路線。素晴らしいじゃないか、これが文民統制ってやつだ。
「すまぬ」
議会が幅を利かせるようになってから、すっかり牙を抜かれてしまった様子の王が短く詫びの言葉を口にする。べつにアンタが悪いわけじゃない。あえて言うなら婚約者の尻とオツムを軽めに育てちまったっていうくらいか。そんなに怨んじゃいないよ。
「北鷹騎士団長ウォーレナは、先の蛮族砦攻めにおいて敵将官と一対一の決闘のさなか、卑怯にも横槍を受け落命した。したがって第三王女タリン殿下との婚約は解消とする。親族に支払われる慰謝料ならびに弔慰金等は既定の通りとする。以上」
脇で手元の書きつけを事務的に発した文官の言葉に、短いため息と再度「すまぬ」と小さく口にする王にすこし同情した。ほんの少しだ。
裏切った婚約者であるタリン王女に対し、未練などハナからない。
ただくやしいのは王国の剣となり盾となって、それこそ寸暇を惜しんで国のため、民のためと身を粉にして働いてきたことがまったくの徒労に終わったこと。
理由がまたひどい。
王女の浮気ごときできれいさっぱりなかったことにされる。こんなことがあっていいのだろうか。彼女、未だ見ぬ浮気相手、そして何よりこのような仕打ちをする国への純粋な怒りがこみ上げる。
しかしぶつけようのない怒りはすぐに深い失望へと反転する。
話し合いの余地などなかった。
最終的には騎士団長という地位、ウォーレナという名、そして婚約者を引き換えに、使い切れないほどの報奨金と賠償金という名の手切れ金、それに田舎のやせ地を貰って騎士団から抜けることになった。ちなみに新たな名で男爵位をという話もあったが辞退した。とにかく連中と二度とかかわりたくない。そんな思いでいっぱいだった。
名を変えて一生辺境で隠遁暮らし。それが俺に与えられた蛮族討伐の褒章。
北鷹騎士団長ウォーレナ、寝取られたあげく懐妊のため解任。
……あーくそつまんね。
◆◆◆
『英雄ウォーレナの死』は、俺が王都サザンポートを離れてから報じられるそうだ。
夜陰に乗じて横付けされた馬車から一年ぶりの我が屋敷に入るも、すでに人影はなかった。使用人たちには先んじて俺の死が伝えられたのだろう。ひんやりとした邸内を俺の足音だけが虚しく響く。
薄情な連中だと罵りたいとも思ったが、奉公先の主人がいなくなったのだ。新たな奉公先を探すためには一日でも早く去るべきだろう。仕方のないことだ。
久しぶりに眠れぬ夜を過ごした。
戦場では蛮族共の骸が転がっている隣で立ったまま眠れたものだが、こんな夜は久しぶりだった。こんな感情はいつぶりだろうか。
すこし思いを巡らせ思い出した。そう――初めて人を殺したとき以来だ。
王都の空が白みはじめた頃、出立の準備を始めるためはっきりしない頭を振りのろのろと起きあがる。朝飯は食べる気がしないので水だけ少し。
荷物をまとめ始めて小一時間といったところだろうか。背後からノックと同時に声を掛けられた。
「兄さん」
「……どうした、エリー」
振り返らなくてもわかる。手元から目線を動かさずに背後の相手に返事をした。
「ごめんね、人が誰もいないから勝手に入ってきちゃった。久しぶりにサザンポートに帰ってきたから、街に出ようと誘いに来たんだけれど……それ、なにしてるの? というかこの状況、なに?」
振り返ると、見慣れた彼女の端正な顔が不思議そうに眉を寄せていた。この様子じゃ、俺が団長を解任されたことも知らないのだろう。
「ああ、いやなに。昨日騎士団長を解任されたから、田舎に引っ込んでスローライフをエンジョイしようと思ってな。絶賛引っ越しの準備中。といっても昨日まで家を空けていたから、ほとんど荷造りの必要ないんだけれどな」
「ええっ!? うそでしょ、なにそれ聞いてない」
エリーは驚いた様子で返した。まぁそりゃそうよな。
「いま言った」
「はぁ……そんな急に。騎士団はどうするの」
「しらん。まぁ優秀な副団長様がいるじゃないか。あいつなら上手くやるさ」
エリーは途端に不機嫌そうに腕を組む。
「冗談」
「俺が冗談言うやつに見える?」
「むしろ普段から冗談しか言ってないと思うけれど。って今はそういう話じゃなくて」
「ああわかったわかった。理由な。もちろん言えない。まぁ二、三日したらわかるさ。大臣あたりから発表があるだろう」
「私にも言えない理由なんだ。まぁいま普通に過ごしているわけだから、犯罪がらみじゃないというのは分るけれど。で? どこに行くの」
「ノーウォルド」
「の、ノーウォルド!? それって、あの北の辺境にあるクソ田舎っていう!?」
「クソってお前……仮にも嫁入り前のお嬢様、いや聖女様が。……ああそうだよ? なんならお前もついて来るか? なんつって」
荷物に視線を戻しつつ発した軽口。エリーが息をのむ気配がした。……なんで?
すると間もなくカツッと音がなり、それがエリーの靴から発せられたことに目が行くと、頭の上から予想外の言葉が降ってきた。
「ついてく」
「は?」
驚いて目をあげると、うっすら血色のよさそうなエリー様が、これまたとびきりいい笑顔。
「私も行くわ。ノーウォルド」
「ちょちょちょ、冗談だって。本気にすんなよ。だいいち騎士団の仕事どうすんだよ。お前も騎士だろ」
「辞めるわよもちろん。それを言うなら兄さんだって」
「俺は理由があるからいいの。でもお前はダメだ。お前ほどの治癒師が抜けたらあの中隊、いや魔導大隊が機能しなくなる。お前は残れ」
「そりゃどうも。過分な評価、光栄デス。……でも行くわ。てかさっきからお前お前って」
「ああすまんエリー。で、人の話聞いてないだろ? 残るんだ」
エリーを何とかなだめすかして留まることを納得させた頃には、ずいぶんと日が高いところに差し掛かっていた。いっそ自分の口を塞いでしまいたい。軽い軽いと人の文句を言ってる場合じゃなかった。
屋敷のカギを締め、最後の荷物を馬車に積み込む。
屋敷は売却された後、冒険者ギルド経由で送金される手はずになっている。わざわざ契約の術で作成した契約書を発行したんだ、それくらいは文官たちを信じよう。
一度ぐるりと屋敷を見渡してから目深にフードを被り馬車に乗り込んだ。
家、守れなくてすまないじいちゃん。心の中で先々代に詫びをいれ、鞭をふるった。
ここから北の辺境ノーウォルドへは、荷馬車で優に二十日の旅だ。まだ見ぬ土地へ思いを巡らす。陰鬱な気持ちは自分の名とともに捨てていこう。
さらば王都よ。もう足を踏み入れることはないだろう。
これからはただの田舎者、ダンとして。
ただ穏やかに暮らしていく。