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至のご褒美②






「ん⋯⋯はい、どーぞっ!」


 うららは至が撫でやすいようにと少しだけ屈んで頭を差し出した。


「⋯⋯分かりました。僕も覚悟を決めましょう」

「はやくはやくっ!」


 うららは逸る気持ちを抑え切れずに至の胸に突進する勢いで急かす。

 至は眉を下げて観念したように深く息を吐く。そして、暫しの沈黙を経て口を開いた。



「よく頑張りましたね」


 至はそう言いながら腕を上げた。大きな骨張った手のひらが優しくうららの頭上に置かれる。


「っん⋯⋯」


 思わず小さく声を漏らす。

 ふわりと微かに甘い香りが鼻腔をくすぐる。柔軟剤だろうか、とうららは思った。


「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


 室内に再び静寂が訪れる。


 程なくして、触れられたところから至の体温がジワジワと伝わってきてふるりと小さく身体を震わせる。全身がポカポカと熱を持ち、瞳には生理的な涙が浮かんだ。

 心にまでその熱が伝播でんぱし、うららはこれまで味わったことの無いような幸福感に包まれる。


(これっ、想像してたよりもヤバい⋯⋯⋯⋯!)


 膝がプルプルと震え、気を抜けば腰が抜けて床に倒れ込んでしまいそうだった。

 うららはどうにか持ち堪えるためにそっと至のセーターの裾を摘む。触れた指先からも熱が伝わって、甘美な悦びに頭からぐずぐずにとろけてしまうと錯覚するほどだった。


(好きな人に撫でられるのってこんなに幸せで、気持ち良いことだったんだ⋯⋯⋯⋯)


 ほんの僅かな幸福な一時を、うららは噛み締めるように味わう。


 うららが瞳を閉じて浸っていると、頭上に置かれた手がぎこちなく上下した。ポン、ポンと2回だけ動いた後、ピタリと止まる。


「これからもこの調子で励んで下さい。期待していますよ、常春さん」

「うん⋯⋯ありがと、センセー⋯⋯」


 ゆっくりと瞳を開ける。

 思ったよりも至の顔が近くにあり、うららはビクッと肩を跳ねさせた。


「ち、近いよ⋯⋯センセー⋯⋯」


 うららは頬を染め視線を逸らしながら言う。自分から強請ったとはいえ、父親以外の異性から頭を撫でられるという経験をした事のないうららはどこか気恥ずかしく感じ、真っ直ぐに至の目が見られなかった。



「あっ、すみません⋯⋯」


 ハッとした至は直ぐにうららから距離を取り、申し訳なさそうな表情になる。


「⋯⋯ううん、いいよ」


 恥ずかしくはあるが、決して嫌では無い。真面目な至の事だから役目を全うしようとするあまり夢中になってしまったのだろう、とうららは思った。


 うららの頭から手を離した至は照れ臭そうに一つ咳払いをする。


「⋯⋯さて、こういったことは今回限りにして下さいね」

「なんで?」

「なんでもです。本来ならば教師が生徒にすることではありません。それに、生徒が教師に求めることでもありません」

「え~⋯⋯至センセーは相変わらずお堅いなぁ」

「僕は一般論を述べたまでです。いいですね、常春さん」


 至は幾分か語気を強めて言った。


「う~ん⋯⋯分かった!」


 元気いっぱいに返事をしたうららだったが、事実これっぽっちも理解していなかった。

 取り敢えず今はその場の流れで了承したが、しばらく経った頃に忘れた振りをして再び迫ろうという魂胆である。


 そんなうららはご褒美と称して次は何をしてもらおうかとひとり画策しほくそ笑むのであった。







貴重なお時間をいただきありがとうございました!

ここまで読んでいただけて嬉しいです!

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