至の尋問
「常春さん、君はそろそろ帰りなさい。駅まで送ります」
至はこの場所からでもその一角を確認出来る歓楽街からほど近い駅舎を一瞥して言った。
「センセーは、いつ仕事終わるの?」
うららはあわよくば仕事終わりの至とともに帰宅したいと下心満々で尋ねた。
しかし、至はそんなうららの心境を知ってか知らずか、スタスタと駅に向かって歩みを進める。
「僕はもう少しこの辺りを見てから帰宅します。さ、僕の事は良いですから早く行きましょう」
「ええ~。せっかくだし、あたしもセンセーを待ってるよ。いいでしょ?」
「いいわけないでしょう」
「なっ、なんで⋯⋯!」
(今会ったばっかりなのに、もうお別れとか⋯⋯! あたしはもう少しセンセーと一緒に居たいだけなのにっ!!)
うららが頬を膨らませながらどうにかして至を引き留めようと必死になって頭を働かせていると、見かねた至はため息を吐きながら言った。
「⋯⋯敢えてこの話題には触れないようにしていましたが、常春さん」
「なあに?」
「————君、テスト勉強はしているのですか?」
「ゔっ⋯⋯!!」
今まで思考の片隅に追いやっていた現実をまざまざと突き付けられる。
痛いところを的確に突かれたうららは、視線を至から外して虚空を彷徨わせた。
「その反応だと、勉強していないようですね」
「し、してるよ⋯⋯?」
「⋯⋯最近いつにも増して常春さんが授業に集中していないと職員会議で話題に上がったのですが」
「えっ⋯⋯!?」
「どうやら本当のようですね。古典の授業の時にはしっかり取り組んでいるのに⋯⋯どうして他の授業は疎かにするんです?」
至は心底不思議そうな顔で言った。
「~~~~!!」
(それはセンセーにイイトコ見せたいからだよ⋯⋯っ!! ってかチクったの絶対斉藤だ⋯⋯斉藤しかいない! 許さんっ⋯⋯!!)
うららは自身のだらしの無さを暴かれた羞恥心から、バッと勢いよく顔を手で覆う。
(センセーの前でだけで良い顔してるのがバレた⋯⋯恥ずかしい⋯⋯⋯⋯)
「じ、実はこれには深~い理由がありまして⋯⋯⋯⋯」
ここからどうにか巻き返そうと恐る恐る顔を上げたうららは、顔を真っ赤にしながら思い付く限り言い訳を並べるのだった。
✳︎✳︎✳︎
「さあ、着きましたよ」
「⋯⋯へ?」
ハッと気が付くと、とうに歓楽街を抜けて駅舎の目の前まで来ていた。
どうやら、至に付いて歩くうちに自らの意志に反してこんなところまで来ていたらしい。
(や、やられた!! センセーって意外と策士⋯⋯? でも、まだ帰りたくないっ⋯⋯!!)
うららは後退る。
しかし、僅かに厳しさをはらんだ至の声が飛んできてピタリと足を止めた。
「常春さん」
「⋯⋯⋯⋯っ!」
「これに懲りたら当てもなく夜道を出歩かずに勉強をしてください。君の将来の為にも。⋯⋯いいですね?」
(もっもしかして⋯⋯うららの目的、センセーにバレてる!?)
咄嗟に空のショッパーを後ろ手に隠す。
うららが内心頭を抱えていると、至はふっと微かに口角を上げた。
「ご褒美が欲しいのでしょう? テスト勉強、頑張って下さいね」
「え⋯⋯? そ、それって————」
その言葉に答える間も無く、うららは終電間際の電車に駆け込む人混みに流されて見る見るうちに至の姿を見失ってしまった。
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