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雨天中止





「い、居ない⋯⋯⋯⋯」


 勢いのままに3階にある国語準備室まで来たは良いものの、肝心の至はそこには居なかった。準備室には鍵が掛かっており、扉に付いている小窓から中を覗いてみても室内は真っ暗である。


「もしかしてセンセー、もう帰っちゃったのかな」


 念の為きょろきょろと辺りを見回してみても、人の気配は無かった。先ほどまでの高揚感が嘘のように萎んだ気持ちになったうららはシュンと項垂れる。


「⋯⋯⋯⋯帰ろ」


 ぽつりと呟き、くるりと踵を返す。うららは重い足取りでその場を後にするのだった。




✳︎✳︎✳︎




「せっかく良い事思い付いたのになぁ⋯⋯」


(次に雨が降った時には、逃げられないように準備室の前で待ち伏せするッ)


 そう決意を固める。

 とぼとぼと靴箱を目指して歩いていると、ふと視界に今まさに探し求めていた人物の姿が入った。


(至センセーだっ!!)


 至の姿を目にしただけで、心に淀んでいた憂鬱な気分が一瞬で晴れた。更に幸運な事に、彼は傘を持っていないようで玄関前で立ちすくんでいる。


(これはチャンス⋯⋯!! きっと、日頃の行いが良いから神様がくれたご褒美だ!)


「センセ————」


 うららは弾んだ声で名前を呼び、直ぐに駆け出そうとする。しかし、そのすぐ横を走り抜け声を遮る人影があった。



「————せんぱいっ!!」

「⋯⋯っ!」


(なっ、夏川⋯⋯!?)


 陽葵はヒールを履いているとは思えないほどの猛スピードでひらひらと真っ白なスカートをなびかせながら至の元へと駆け寄る。


「夏川先生」


 至は振り返り一瞬驚いた表情を浮かべた後、直ぐにいつもの調子に戻って口を開いた。

 意図的にうららの声を掻き消すように発せられたその声のせいで、至はうららの存在には気付いていないようだ。

 うららは咄嗟に靴箱の陰に隠れる。


(なっ、なんであたしこんな事⋯⋯!?)


 出来る事ならば、今すぐ飛び出して夏川の邪魔をしてやりたい————。

 しかし、そんな本心とは裏腹にうららの身体は硬直していた。踏み出そうとしてもその一歩が出ず、手足の末端は血の気が引いて冷たくなっている。


 仕方がないのでその場でジッと息を潜めて至と陽葵のようすを窺う事にした。身体中の神経を研ぎ澄ませて聞き耳を立てる。



「先輩、奇遇ですね。今から帰るところですか?」

「⋯⋯夏川先生、ここは学校ですよ」

「でっ、でも、もう生徒も居ないし終業後じゃないですかっ!」

「それでも、です」


 至はピシャリと言い放つ。

 萎縮したようすになった陽葵は弱々しい声で直ぐに謝罪の言葉を述べた。


「ごっ、ごめんなさい」

「それで、僕に何か用事でも?」

「⋯⋯ああ、はい。傘が無いのなら一緒にどうかと」

「いえ、気持ちは嬉しいのですが、僕はここで止むまで待とうと思います。ですので、夏川先生は気にせずお帰りください」


(ナイス、至センセー! さっすが、堅物!!)


 美女からのお誘いを容赦なく断った至の勇姿に、うららは心の中で賛辞の言葉を贈る。



「えっ! でも、こんな雨じゃいつ止むか分かりませんよ⋯⋯?」


 まさか断られるとは思っていなかったのだろう、陽葵は大きな瞳をさらにまん丸に見開いた。


「この降り方ならそう長引かない筈ですので問題ありませんよ」

「でっ、でも⋯⋯⋯⋯」


(っしゃ! そのまま引き下がれっ、夏川!!)


 うららは心の中で祈る。しかし————


「冬木先生がここに居るなら、私もご一緒しますっ!」

「⋯⋯今日は随分と冷えますし、早く帰らないと風邪を引いてしまいますよ」

「私なら大丈夫です。それに、このままここに居れば冬木先生も風邪を引いてしまうかもしれません」


 陽葵は折りたたみ傘をきゅっと握り締めながら至を見上げる。


「心配なんです、先輩のこと⋯⋯だから————」

「⋯⋯⋯⋯」


 暫しの間、静寂がその場を支配する。

 バクバクとうららの心臓の音だけが煩いほどに耳元で鳴り響いていた。



「⋯⋯分かりました。帰りましょう」


 至は観念したように小さく息を吐いてそう言った。


「⋯⋯! はいっ!」



(えっ、嘘でしょ!? なんで⋯⋯!?)


 そのまま声を掛ける暇も無く、2人は身を寄せ合い雨が降り頻る中を一つの傘をさして歩いて行く。


「⋯⋯⋯⋯っ!」


 そのようすを呼吸も忘れて見届けたうららは正気に戻るなりわなわなと震える。


(なっ、なんなの何なのっ!! 本当なら今頃センセーの隣に居たのはうららなのにっ⋯⋯!!)


 うららはつい最近、勝利を収めてすっかり油断していた。いとも簡単に陽葵に出し抜かれたことにギリリと唇を噛んで拳を握り締める。


「くやしい⋯⋯っ!!」


 涙を堪えるようにギュッと強く瞳を瞑る。幾分か心が落ち着きを取り戻した頃、ゆっくりと瞳を開ける。

 そして、2人が去った方へと鋭い視線を向けた。


「⋯⋯うららにだって、センセーを独り占めする方法くらいあるんだからっ!!」


(見てろよ、夏川ッ!!)








貴重なお時間をいただきありがとうございました!

ここまで読んでいただけて嬉しいです!

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