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屋上のロマン






 無事に陽葵との戦いで勝利を収めたうららは、ようやく国語準備室へと入室する。

 うららは逸る気持ちを抑えながら後ろ手に扉を閉め、熱心にデスクへと向かう至に声を掛けた。


「セ~ンセっ♡来たよっ!!」


 背を向けて小テストの採点をしていた至は、うららの声に反応してくるりと回転椅子を回してこちらを向く。


「矢張り常春さんでしたか。随分と夏川先生と話し込んでいたようですが————」

「っ⋯⋯!!」


(もっ、もしかしてさっきの会話聴こえてた⋯⋯!?)


 うららは後退り、言い訳を考えるために頭をフル回転させる。

 必死に考えてはみるものの、常日頃、複雑な思考や面倒な勉強を放棄して脳を休ませてばかりいるうららの頭は、当然ながらここぞと言う時にも何の打開策も思い付かなかった。

 想像以上に役立たずな自らの頭脳に軽いパニック状態に陥ったうららは、取り敢えず何か言わなくてはと口を開く。


「あっ⋯⋯えっと、その————」

「————随分と仲良くなったみたいですね。夏川先生は君たち学生と一番年齢が近いですからね、気兼ねなく話せるのでしょうか」

「はっ、はぁ⋯⋯!?!?」


 予想だにしない至の発言に、うららは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 しかし、直ぐにハッと我に返り、先程の会話を聴かれてないことに安心してひとまず胸を撫で下ろす。


(びっくりして変な声出しちゃったけど⋯⋯良かった! さっきの話は聞こえてなかったみたい。あんなドロッドロの醜い女の争い、センセーには絶対見せたくないもん。でも、安心はしたけどっ! ⋯⋯けどっっ!!)


「さっきのをどこからどうみたらそう見えるワケ!? センセーにはこんな事言いたく無いけど、そのメガネ⋯⋯度合って無いんじゃない!?」



✳︎✳︎✳︎



「センセーとお昼食べるの久しぶりだねっ♡」


 うららはすっかり気持ちを切り替え、机の上に弁当箱を広げながらにっこりと目の前に座る至に笑いかける。


「そうですね」

「ねえねぇ、センセー。あたしがしばらくここに来なくて寂しかった?」

「いえ、全く。勉強のついでとはいえ、昼食は友人と食べてこそですから」


 うららは渾身の可愛らしい顔を作って上目がちに至を見やるが、彼はピクリとも表情を動かさずにバッサリと言い切った。


「もうっ! そんな事だろうとは思ったけど、センセーは正直過ぎるよっ⋯⋯!!」


(至センセーのバカ⋯⋯。もうちょっとくらい、うららの事見てくれたっていいじゃん⋯⋯⋯⋯)


 涙目でぷうっと頬を膨らませて軽く睨み付けて見るものの、肝心の至には全くと言って良いほど効果が無く、彼はというとマイペースに昼食の入ったビニール袋を漁っている。

 自身の求める返答や反応が期待できない事を悟ったうららは、兼ねてより密かに憧れている夢を口にした。


「あ~あ~⋯⋯。一度で良いからセンセーと屋上でご飯食べてみたいなあ⋯⋯♡ぽかぽかの春の日差しの下で囲む昼食、時々吹き付ける冷たい風————。あたしが『寒い』って言うと、センセーが『大丈夫ですか?』って言って上着を貸してくれるの♡なんかロマンチックだし、これぞ青春って感じじゃない?」


 恋する乙女モードに入ったうららは、目の前の至そっちのけでうっとりと妄想に浸りながら話を続ける。


「でもでもっ、屋上でご飯なんてドラマとか漫画の世界だけで現実ではありえないし⋯⋯⋯⋯ウチの学校でも屋上くらい開放してくれても良いじゃんね!?」

「⋯⋯屋上だと勉強を教えるのにも一苦労しそうですね。僕は遠慮しておきます」

「え~⋯⋯あたしはセンセーと一緒がいいんだけど!? ねえ、行こうよ~センセー! なんなら今からでもあたしは大丈夫だよっ?」

「何を言ってるんですか。屋上には鍵が掛かっているでしょう。入れませんよ」

「そこはセンセーの権限で借りてきてよっ! 出来るでしょ?」

「無理です。それに、仮に出来たとしてもやりません」

「え~? バレなきゃ大丈夫だって! あたしと一緒に青春の1ページを刻もっ!? ねっ?」

「⋯⋯あのですね、常春さん。僕はもう青春という年頃でもないですし、まず第一に、教師である僕が本当にそんな事を許可すると思っているんですか?」

「ゔっ⋯⋯! そ、それは————」


 至は手を止めて、ふうっと軽くため息を吐いた。そのまま微動だにせずにじっと薄いグレーの瞳を細めながら言葉に詰まるうららを見つめている。


(まっ、不味いっ! もしかしてセンセー、怒った⋯⋯!?)


 そこはかとなく室内に漂う冷たい空気に、説教の気配を感じたうららはたじろいだ。



「そもそも、学校側は意味も無く屋上を立ち入り禁止にしたりはしません」

「な、なんでダメなの⋯⋯? 皆んなが『屋上で食べたーい!!』って屋上に殺到するから?」

「不正解です」


 至はピシャリと言い放つ。

 そして、僅かな間の後、答えを口にするため薄い唇を開いた。


「答えは、単純に屋上が危険だからです。もしも、屋上から生徒が落ちてしまったら? 生身の人間が三階建ての校舎から落下すればひとたまりも無いでしょう」

「おっ、落ちないもん⋯⋯! 絶対気をつけるし!!」

「何も、事故だけに気を付ければ良いという事ではありません。学校では友人関係や勉学など様々なストレス要因が無数に存在します。ただでさえ、君たちくらいの年代ではストレスに悩まされることも多い。しかし、人生経験が乏しい故にそれに正しく対処する術を持たぬ生徒も少なからず居るでしょう。そしてそんな時、屋上に行ってしまえば————」


 至はそこで言葉を止めた。うららはビクリと肩を震わせて至を見やる。


「————と⋯⋯まあ、こういった理由があって屋上に入る事は禁止されているんですよ。特に3年生は受験のストレスから衝動的になる生徒が多いとの事で、屋上から一番離れた1階に教室があるのです。お分かりいただけましたか?」

「でもでもっ、あたしは大丈夫だもん!!」

「そういう慢心が一番危険なんですよ。『自分だけは大丈夫』なんて事、絶対にありえないんですから」

「っ⋯⋯!!」


 いやに感情のこもった言葉と真剣な表情の至にうららはそれ以上、何も反論出来ずに押し黙る。


「さあ、昼休みも残り僅かです。少しでも勉強の時間を確保する為に、そろそろ昼食にしましょう」


 先程までの先生然とした厳しい態度はなりを潜め、いつもの調子に戻った至は幾分か明るい声でそう言った。

 至の和らいだ表情を見たうららは、ホッと息を吐いて緊張により固くしていた身体から力を抜いた。










貴重なお時間をいただきありがとうございました!

ここまで読んでいただけて嬉しいです!

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