逆襲のうらら
「「⋯⋯っ!!」」
うららがドアノブに手を伸ばすのと同時に、ガチャリと音を立てて扉が開いた。
鉢合わせた人物の顔を見るなり、お互いに目を見開いて息を呑む。
(なっ、なんでコイツが⋯⋯っ!?)
国語準備室から出てきたのは陽葵だった。瑞々しい新緑の瞳をぱちくりさせたかと思えば、にっこりと口角を上げて怖いくらいに完璧な笑みをうららに向けてくる。
「⋯⋯あら、常春さん。お昼休みなのにどうしてここへ?」
「勉強をしに来たんですけど、何か?」
うららは敵意丸出しでジロリと身長の低い陽葵を見下ろす。
しかし、彼女は怯むことなく応戦してきた。胸の下で腕を組んでうららを見上げ、挑発的な視線を向ける。
「しばらくここには来ていなかったみたいだから、もう飽きてしまったのかと思っていたわ」
「はァ? 飽きるわけないじゃん。そっちこそ、センセーの部屋で何してんの? 邪魔なんだけどっ」
「先生同士のお話ですもの、生徒には教えられないわ」
陽葵は口元を手で隠し、ふふっと控えめな笑い声を洩らした。
ここぞとばかりに自らの優位性を誇示する彼女の態度に、うららは唇を噛み締めて掴みかかりたい衝動を耐え忍ぶ。
(こンの、性悪二重人格BBAめっ⋯⋯! うららがどんなに頑張っても出来ないことを嫌味ったらしく自慢してきやがって!! っていうか、そんなのぜんっぜん羨ましくないしっ!? うららだって⋯⋯うららだって————!!)
うららはどうにかして陽葵に一泡吹かせたいと必死に考えを巡らせる。
そして、とある一つの妙案が思い浮かんだ。
「⋯⋯あ~っ!! そういえばぁ、夏川先生ぇ。この間は大丈夫でしたかぁ?」
フッと勝ち誇った笑みを浮かべたうららは、態とらしく間延びした声を上げる。
「え? この間⋯⋯?」
陽葵は険しい顔付きから一転して、途端に笑顔になったうららに訝しげな視線を向けた。そして、意味が分からないというように首を傾げながら答える。
「ええっ~!? 忘れちゃったんですかぁ~? 先生たちの歓迎会があった日ですよぉ」
「⋯⋯⋯⋯何故、そのことを常春さんが?」
陽葵の顔から余裕の笑みが消える。うららはほくそ笑み、次の一手でトドメを刺すために口を開いた。
「何でって、至センセーから直接聞いたからですよ? あの日、夏川先生がお酒を呑みすぎて体調が悪くなったって」
「っ⋯⋯!?」
「しかもぉ~⋯⋯ぜーんぜん酔ってる風には見えないのに酔ってるフリまでしちゃって、至センセーに抱きついてましたよねぇ? 夏川先生のいやらし~い魂胆、見え見えなんですよぉ?」
「っ~~~~!!」
容赦なく浴びせられるうららの言葉に陽葵は顔を真っ赤にして俯き、プルプルと震えていた。
さすがの彼女でも、生徒に自らの痴態となりふり構わず意中の男性に迫るところを目撃されたとなれば居た堪れないのだろう。
これまで幾度も陽葵に打ちのめされてきたうららは、そんな彼女の姿にスッと胸に溜まっていたモヤモヤが晴れる心地だった。
(最後にもう一押しっ⋯⋯! 今までのうららの悔しさを思い知れっ!!)
「でも、夏川先生⋯⋯至センセーに相手にされなくて可哀想⋯⋯。最終的には放って置かれてましたもんね?」
「⋯⋯⋯⋯」
陽葵はもう反論する気力もないようだった。先程のうららのように、悔しそうな表情でただただ唇をキツく噛み締めて黙り込んでいる。
「まァ? あたしはあの後、夏川先生を置いて行った至センセーと一緒に居ましたけどっ!」
「なっ⋯⋯!?」
それまで俯いていた陽葵が勢いよく顔を上げた。大きな緑色の瞳はこれ以上無いほどに見開かれ、薄い唇はわなわなと震えている。
「どういうこと、かしら⋯⋯?」
「偶然至センセーと会って家まで送って貰ったんです。あたしが心配だから、って。優しいですよね? ⋯⋯でも、その後何があったかはセンセーとあたしだけのヒミツです♡」
(残念なことにホントは何にも無かったけどねっ⋯⋯!!)
うららの言葉を聴いた陽葵は一瞬、泣き出しそうに顔を歪めた後、静かに瞳を閉じる。そして、再び瞳を開いた時には微かな笑みを浮かべていた。
「あら、そうだったの。誰にでも平等に優しい冬木先生らしいわね。⋯⋯⋯⋯ああ、そういえば、この後会議があるんでした。それじゃあ、私はここで失礼しますっ」
陽葵は早口で捲し立てるようにそう言った。冷静さを装うとしていても、その声は僅かに震えており、瞳には薄らと涙の膜が張っていた。
俯きがちでパタパタと走り去る陽葵の背中を見送る。その後ろ姿がかつての自分自身と重なり、ズキンと胸が痛んだがその痛みには気付かないフリをした。
「⋯⋯敵に同情なんてしちゃダメだよね。それにしても————」
(かっ、勝った⋯⋯!! もうやられてばかりのうららじゃないんだからねっ! これからは、今まで以上に攻めて攻めて攻めまくってやるんだからっっ!!)
うららは勝利の喜びと高揚感にふるふると身体を震わせ、グッと拳を天高く突き上げた。
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