もっともっと、好きになる。
疎らに立ち並ぶ街灯がチカチカと点滅する細道をうららと至は静かに歩く。
うららはこの機会に、心に引っかかっているモヤモヤを至に打つけることにした。
「————そういえば、あたしが2回目に会った時にセンセーに抱きついたら『密着するな』って押し退けたじゃんっ!? ねえ、なんで⋯⋯? なんで、夏川はいいの?」
うららは膨れっ面で隣を歩く至に迫る。
「何故って⋯⋯体調の悪い人を無碍には出来ませんから。それに、以前にも言いましたが、年頃の女性が無闇矢鱈と男性に近付くものではありませんよ」
至は質問の意図が分からないと言うように首を傾げながらも答えを口にした。
(そんなところも好きだけど⋯⋯。だけどっ! それじゃ心配だよっ! このままじゃ至センセーが夏川の毒牙にかかっちゃう!!)
どうにか言葉を呑み込み、そろそろと手を伸ばしたうららは立ち止まって至のジャケットの裾をクイっと引っ張る。
「⋯⋯ねぇ、センセー」
「どうしました?」
「センセーは夏川と付き合ってないって言ってたけど⋯⋯アイツのこと、好きだったりしないの⋯⋯?」
「教師に向かってアイツとは⋯⋯⋯⋯」
至はため息を吐き、呆れ顔でうららを見やる。
「今はそんな事はどうでもいいのっ! ねぇ、どうなの?」
「君がどういった意図で先程から僕に質問をしているのかは分かりかねますが、僕は夏川先生に対して一切の恋愛感情を持ち合わせてはいません。そして、それは彼女も同じでしょう」
「⋯⋯じゃあ、センセーにとって夏川は何?」
「何とは、難しい質問ですね。⋯⋯しかし、強いて言うならば⋯⋯僕にとっては可愛い後輩の一人といったところでしょうか」
「可愛いって⋯⋯顔が?」
うららは目を細め、じとりと至を睨め付けた。
「顔って⋯⋯そんな訳無いでしょう」
「ふ~ん⋯⋯」
疑わしげな視線を向けながらも、ほんの僅かな期待と好奇心がうららを突き動かす。
「じゃ、じゃあさ⋯⋯あたしは? あたしはどう⋯⋯?」
「どうって⋯⋯勿論、君も可愛い生徒ですよ」
「!!」
恥ずかしげも無く、さらりと言い放った至。そこに他意は無いと十二分に理解していても、次第に熱くなる頬とニヤける口元を抑えることは出来なかった。
「かっ、かわいいかぁ~。ふ~ん⋯⋯」
態とらしくつんと唇を尖らせてみても、緩む表情は一向に隠せない。そんなうららを一瞥した至は歩き出す。
「よく分かりませんが機嫌が治ったみたいで良かったです。もう夜も遅いですし、先を急ぎますよ。高校生をいつまでも連れ回すわけにはいきませんから」
✳︎✳︎✳︎
「それじゃあ、また学校で」
「うんっ! 送ってくれてありがと、センセー!」
うららは家の前でブンブンと手を振り、徐々に小さくなる至の背中を見送る。
結局、親切に家の前まで送り届けてくれたは良いものの、当然の事ながらそれ以上の事は何も起きずにがっかりと肩を落とす。
「今、ウチに親居ないのに。ねぇ、センセー⋯⋯センセーなら、送り狼になっても良いんだよ⋯⋯?」
うららは決して本人に言う勇気の無い言葉を、届かないのを良い事にポツリと呟いた。
(⋯⋯あっ、そうだ!!)
暫しの沈黙の後、不意に妙案を思い付いたうららはいそいそとクラッチバッグからスマートフォンを取り出してカメラアプリを起動する。
そして、それを小さくなりつつある至に向けてその姿を捉えた。人差し指と中指で液晶に写る至を最大限ズームし、ここぞというタイミングでシャッターを押す。
————カシャッ。
軽快な音が夜闇に響く。
直ぐに今しがた撮った写真を確認すると、幾ら最近のスマートフォンが高性能なレンズを携えているとはいえ、深い夜の闇と数十メートル先の動く被写体には敵わなかったようだ。
ボンヤリと所作なさげに暗闇に浮かぶ一つの塊。辛うじて人間だと分かるそれを、うららは愛しげな瞳で見つめる。
「ふふっ⋯⋯あたしだけのセンセーだ」
人影を優しく指でなぞり、笑みをこぼす。 そして、そっと液晶にキスを落とした。
(今はまだまだ遠いけど⋯⋯あたし、もっともっと頑張るから。だから————)
「覚悟してよね、至センセー♡」
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