うららの盛大な勘違い
泣き顔を見られたくなかったのと、ストーカー紛いの行為をした事を知られたく無くて、うららは咄嗟に走り出した。
走っている最中、恐らく気のせいだろうが、後ろからうららを呼ぶ至の声が聞こえる。
(こんな状況でもセンセーの声が聞こえるなんてあたし、病気なのかな⋯⋯⋯⋯)
至の声を振り切るようにして更にスピードを上げる。
しかし、彼の声はうららの願望が聴かせた空耳などでは無く、数十メートルほど走ったところで追いかけて来た至に手首を掴まれた。
「⋯⋯っ!?」
気付けば、ガムシャラに走ったせいで大分奥まった路地にまで来ていた。
薄暗く人通りの少ない小路で立ち止まり、呼吸を整えるためにお互いに無言のまま肺に空気を取り込む。
「⋯⋯常春、さん。足が速い⋯⋯んですね。体育の時も、本気を出せば良いのに、勿体ないです」
「へ⋯⋯っ!?」
恐らくうららが逃げ出さないようにだとは思うが至に触れられている事と、普段から自分の事を気にかけてくれているという事実を理解し、うららの顔は見る見る真っ赤に染まる。
(至センセーがあたしの事を見てくれてた。⋯⋯すごくすごく、嬉しい。でも————)
うららはこれ以上、汗と涙でグチャグチャになった顔と乱れた髪を見せないようにと俯いた。
そして、感情の制御が効かず思っても無い言葉がつらつらと口をついて出る。
「いっ、至センセーって夏川と付き合ってるんだね!? たまたま駅前通ったら仲良さげにくっ付いてるんだもん、思わず立ち止まって見ちゃった。2人とも歳も近いし⋯⋯なんか、お似合いじゃん?」
「⋯⋯? 常春さん、一体何を⋯⋯⋯⋯」
至は困惑の表情を浮かべる。しかし、うららの口は止まらない。
「うららは応援するよ? 至センセーのこと大好きだし⋯⋯。あっ、言っとくけど好きってセンセーとしてだからね! 勘違いしないでよっ!?」
祝福の言葉を口にしながらも再び堰を切ったように流れ出す涙を止めることは出来なかった。ポタポタと止め処なく落ちる水滴がアスファルトにシミを作る。
「だから、だから⋯⋯あたしじゃなくて夏川に付いててあげなよ⋯⋯」
(ホントは行って欲しくない。ずっとずっと、そばにいて⋯⋯)
突き放す言葉とは裏腹に、縋るようにギュッと強く至のスーツの袖を握り締めてしまう。
ピクリと僅かに反応を示した至は深く息を吐いた後、口を開いた。
「あのですね、僕は————」
「なっ、何!? ノロケならお腹いっぱいだよ!? 今は聴きたくないっ!!」
(今、センセーの口から聴いたら死んじゃう! お願いだから、トドメを刺さないでっ!!)
「聴いてください、常春さん!!」
いやいやと首を振り、聞く耳を持たないうららに痺れを切らした至が声を荒げる。
普段温厚な彼からは想像も出来ないほどの声量に、うららはビクリと肩を跳ねさせ、そっと顔を上げた。
「⋯⋯⋯⋯」
「僕と夏川先生が付き合ってる? 一体、何を言っているんです」
「え⋯⋯?」
「僕はただ、飲み会途中で夏川先生が気分が悪くなったと言うので付き添っていただけです。こんな夜更けに女性が一人で外に出るのは危険ですから」
「のっ、飲み会⋯⋯?」
「ええ。遅くなってしまいましたが、今日は4月に新しく赴任した先生方の歓迎会だったんです」
「じゃ、じゃあ2人きりでいた訳じゃないんだ⋯⋯」
ひとまず安心したうららは、ホッと息を吐いた。しかし、新たな不安の種がむくむくと顔を覗かせる。
「でっ、でもでもっ、あんなにくっ付いて仲良さそうだったじゃん」
「仲が良い⋯⋯のかは分かりませんが、夏川先生は僕の通っていた大学の後輩なんです。それに、体調の悪い人を介抱するのは当然でしょう?」
「こう、はい⋯⋯?」
「ええ、教育学部での後輩です」
「じゃ、じゃあ⋯⋯至センセーと夏川は、ホントーに付き合ってないってこと?」
「どうしてそんな勘違いをしたのかは分かりませんが、誓って交際はしてませんよ。夏川先生に迷惑がかかるのでそんな根も歯もない噂を広めるのは止めて下さいね」
至が厳しい面持ちでピシャリと言い放つ。
「広めないよ、そんな噂!!」
(そんな噂広めたらアイツが喜ぶだけだもん!)
うららはこくこくと頷き了承する。
「⋯⋯でも、夏川を放ってあたしを追いかけて来ちゃってよかったの?」
「夏川先生も大分回復してましたし⋯⋯僕にとって優先すべきは生徒です。それに、泣いている君を放って置ける筈無いでしょう?」
「っ⋯⋯!!」
(センセー、夏川じゃなくてあたしを選んでくれたの⋯⋯?)
それまで真っ暗だった視界に、パァッと差し込む光が見えた気がした。思わず、ゆるゆるとだらしなく緩む頬を隠すように両手で持ち上げる。
(うれしい、嬉しいっ⋯⋯!!)
「⋯⋯何があったのかは分かりませんが、取り敢えず僕のでよければ使って下さい」
至はまじまじとうららの顔を見つめたかと思えば、ポケットから取り出したハンカチをうららに差し出した。
うららはそれを受け取りつつも、不満げに頬を膨らませる。
「⋯⋯センセーは乙女心ってモンをぜんっぜん理解してないよね。ここはハンカチじゃなくて指で拭うところだよ?」
「何言ってるんですか。そんな事をする筈がないでしょう」
「⋯⋯ま、センセーならそうだよね。なんか安心した」
すっかり気持ちが軽くなったうららは、受け取ったハンカチで涙を拭い、にっこりと笑顔を見せた。
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