恋の唄に想いを馳せる
思へども験もなしと知るものをなにかここだくわが恋ひわたる————。
うららは自室の机に向かい、自習に励んでいた。何故なら、至から宿題は己の力で取り組むように、と注意を受けたからだ。
しかし、うららは宿題そっちのけで至の担当教科である古典の勉強に取り掛かっている。
そして、意気込んだは良いものの開始5分と持たずに集中力が切れたうららは頬杖をついてパラパラと教科書を捲るうちに、その一節を見つけた。
「なになにィ~⋯⋯恋しく思ってみても甲斐の無いことと知っているのに、どうしてこれほどまでに私は長い間恋い慕い続けるのだろう、かぁ⋯⋯⋯⋯」
(わっ、わかる⋯⋯! わかるよォ!! この和歌の作者⋯⋯? 大伴坂上郎女ちゃんと是非とも夜通し語りたいっ!!)
うららはまさに今の心境を表す大伴坂上郎女の和歌に、強く心を打たれた。
「ふぅ⋯⋯⋯⋯」
一頻り一人で騒ぎ立てた後、うららは脱力し深く息を吐いて机に突っ伏した。放り出したシャープペンシルをおもむろに手に取り、指先でクルクルと遊ばせながら思い耽る。
近頃、怒涛の勢いで様々な出来事があり、うららの頭はパンク寸前だった。
誰でもいいから話をしたい、こんな時真っ先に思い浮かぶのは両親の顔であったが、そう思えども今日も両親の帰宅は遅く、うららは広い家にたった一人だった。
生活に不自由しないくらいのお金は貰っている。それが二人なりの愛情である事も充分に理解していた。
しかし、毎日のように人気のない真っ暗な家に帰宅し、一人で食事を摂る。朝起きても当然のように母親が作る朝食の香りはなく、新聞を広げながらコーヒーを啜る父親の姿も無い————。
そんな生活には満たされないものがあった。
(寂しいよ⋯⋯パパ、ママ⋯⋯⋯⋯)
家に居るはずなのに、ホームシック状態になったうららの瞳にはじわりと涙の膜が張る。溢れそうになったところで、ゴシゴシと袖で乱暴に拭った。
「⋯⋯あ、だめだ」
その時、うららの中で何かがプツンと切れる音がした。
至に出会ってからというものの、毎日がまるで夢のように幸福感に満ち満ちて充実していたが、最近はつくづく上手くいかない。現実に戻れば正反対にしんと静まり返った常闇に一人ぼっちのうらら。
孤独感に苛まれたうららは、いけない事とは分かっていても、ほんの一時の温もりを求める事をやめられない。
「至センセー、ごめん⋯⋯⋯⋯」
涙混じりの声でぽつりと想い人の名を呟く。
そして、罪悪感を振り切るように、うららは机の上のスマートフォンへと手を伸ばした。
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