届かぬ恋の歌を、あなたに。
陽が傾き、辺りをオレンジ色の暖かい光が包み込んだ頃、うららと呉羽はカラオケボックスへと来ていた。
この店は全国的にチェーン展開しており、常に金欠気味の高校生の懐にも優しい良心的なところだ。
安く個室を利用出来る為、歌う以外にも友人とのおしゃべりや大画面での臨場感あふれるアイドルのライブ鑑賞など、様々な用途でうららもよくお世話になっている。
「~~~~♪」
薄暗い部屋に呉羽の落ち着いた低い歌声が反響する。心なしかその歌声には、並々ならぬ感情がこもっているように聞こえた。
呉羽は間奏の合間に視線だけをこちらに向け、瞳にかかる絹のように柔らかな金の髪を耳にかけた。不意打ちの艶やかな仕草にうららの心臓がドクンと跳ねる。
(何なの、意味わかんない⋯⋯!)
うららは動揺を悟られまいとふいっと顔を背け、早鐘を打つ心臓を落ち着けるように深呼吸をして曲に集中する。
「〜〜〜〜♪」
呉羽が口ずさんでいるのは、今流行りのラブソングだ。
ゆったりしたテンポの曲調に切ない歌詞を乗せたその曲は、片想い中のうららにも共感出来るところが多々あり、瞳を閉じてピアノが奏でる悲しい旋律に耳を傾ける。
「~~~~♪」
歌声に聴き入っていると、あっという間に大サビに差し掛かりアウトロが終わる。
「⋯⋯どうだった?」
呉羽がふう、と小さく息を吐いてマイクを置いた。
「どうって⋯⋯まあ、上手いんじゃない?」
「次はうららの歌聴かせてよ」
「いいけど、ヘタでも笑わないでよね」
正直、呉羽の歌を聴いた後に歌うのは勇気がいる事だった。
うららの歌はお世辞にも上手いとは言えず、かと言って下手と言うわけでもない。至って平凡で反応に困るものだった。
(もし笑ったらど突く!)
うららは意を決してデンモクを操作する。既に歌う曲は決めていた。
天井に取り付けられたスピーカーからアップテンポな曲が流れ、うららはマイクを手にする。
「常春うらら、至センセーの為に歌いまぁすっ!!」
✳︎✳︎✳︎
互いに数曲ずつ歌い、心地よい疲労感に襲われた頃————。(因みに、余りにも呉羽がラブソングばかり歌うので途中からラブソング縛りになってしまった)
うららは乾いた喉を潤すためにドリンクバーのメロンジュースをストローで啜る。
そうして、一息ついたところで口を開いた。
「呉羽も勿体ないなあ~。早く彼女作ればいいのに」
「何だよ、突然」
「何だよ、じゃないよ。今日久しぶりに呉羽と遊んでみて分かったけどさぁ⋯⋯絶対モテるよね、呉羽って」
「それとこれとは話が違うだろ」
「違わないし。あ⋯⋯! そう言えばあたし、呉羽と付き合いたいって子聞いたことあるよ」
「そうなんだ」
「え、素っ気なっ!! そこは喜ぶところじゃないの!?」
「⋯⋯誰でもいい訳じゃないから」
「そう言えば、呉羽って結局好きな人いるの? この間は有耶無耶にされたし⋯⋯」
「いるよ」
以前渋った時の事が嘘のように、呉羽はあっさりと答えた。
「マジで!? え、誰!? ⋯⋯ね、絶対誰にも言わないからあたしにだけ教えてよ。いいでしょ?」
「ダメ」
「え~! 何でよ、あたしと呉羽の仲じゃん! それとも、あたしが信用出来ないってわけ!?」
興奮したうららは思わず呉羽に詰め寄った。
しかし、肝心の呉羽は話す気は無いようで、途端に口を閉してしまう。⋯⋯かと思えば何か言いたげな視線でジッとうららを見つめて来た。
ガラリと、室内の空気が変わる音が聞こえた気がした。
「⋯⋯⋯⋯」
熱を孕んだ赤い瞳がうららを捉えると、まるで金縛りに遭ったように身動きが取れなくなった。
つうと優しく頬を撫でる熱い指先にぞくりしたものが背筋を這い上がり、小さく声が漏れ出る。
「⋯⋯っ、やっ⋯⋯!」
(もしかして、呉羽の地雷踏んじゃった!?)
うららが心の中で後悔していると、あと少しで互いの唇が触れてしまいそうという距離にまで呉羽はゆっくりと顔を近付けて来た。
「⋯⋯⋯⋯」
「ちょ、呉羽⋯⋯なに⋯⋯?」
未だ無言を貫き、目前まで迫る呉羽の身体をうららは力無く押し返す。
しかし、日頃からバスケットボール部で鍛えられ、程よく筋肉の付いた彼の硬い胸板はピクリともしなかった。
「なあ、うらら。⋯⋯俺が好きな人、本当に分からない?」
暫しの沈黙の後、思わず顔を背けたくなるほどの真剣な表情で呉羽は言った。
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