ドキドキ♡放課後デート
放課後、うららと呉羽は若者の街————原宿にやって来ていた。
無数の人々でごった返す賑わう竹下通りを、呉羽について出来る限り身体を縮こませながら進む。
(なんか良い匂いがする⋯⋯)
甘い香りに誘われて道の脇に視線をやると長い長い列の先にはクレープ屋があった。
学校帰りなのだろう、通りに面した階段に腰掛けこちらに顔を向けて生クリームたっぷりのクレープを幸せそうに頬張る制服を着た女子高生たちの姿が目立つ。
緩く巻いた髪に長いまつ毛に縁取られた大きな瞳にはカラーコンタクトを入れてばっちりとメイクを決めたうららとそう年齢の変わらないであろう女の子たち。
芸能事務所のスカウトマンたちが集まるとあまりにも有名な竹下通り————。彼女たちはこうやってスカウトマンを待っているのだと聞いた事があった。
(大変だなあ⋯⋯)
うららは他人事のようにぼんやりと眺めていた。
すると、こちらに向かって一直線に歩いて来る清潔感のあるカジュアルな服装に身を包んだ若い男性の姿が目に入る。
「すみません、今ちょっとお時間ありますか? 私、こういう者ですが————」
そう言いながら、男性はうららでも知っている事務所のロゴが入った名刺を差し出す。その視線の先には呉羽がいた。
「⋯⋯⋯⋯は?」
呉羽は普段の彼からは想像出来ないような素っ気ない態度で冷ややかな視線を向ける。しかし、スカウトマンの男性はめげる事なく食い下がって来た。
「芸能界に興味ありませんか?」
「ありませんけど」
「君、スタイル良いしモデルに向いてると思うんだけど⋯⋯話だけでも聞いていかない?」
「結構です」
「じ、じゃあ名刺だけでも⋯⋯気が向いたら連絡くれれば良いので」
「いや、本当に要らないんで。行くぞ、うらら」
「あっ⋯⋯ちょっと、呉羽!?」
強引に名刺を押し付けてくる男性にピシャリと一言だけ拒絶の言葉を放った呉羽は、引き留める声を無視しうららの手を掴んでずんずんと人混みをかき分けて突き進む。
それからも通りを数メートル進む度に声をかけられる呉羽。そんな彼を見てきゃあきゃあと騒ぎ立てる女の子たち。
「呉羽って格好良かったんだ⋯⋯?」
うららが思わずそう呟くと、赤い瞳だけをこちらに向けて僅かに期待を含んだような視線で尋ねる。
「⋯⋯そんな事はないと思うけど。⋯⋯うららは、どう思う?」
「え⋯⋯?」
「⋯⋯何でもない」
「⋯⋯?」
質問に質問で返して来たと思えば、直ぐに前を向いてしまった呉羽の可笑しな態度にうららは首を傾げるのだった。
✳︎✳︎✳︎
「おいしー!!」
うららは瞳を輝かせてケバブサンドを口いっぱいに頬張る。
空っぽの胃に染み込む柔らかい肉と食欲をそそる濃いめのソース。空腹は最高のスパイスと言う通り、今のうららには殊更美味しく感じた。
「本当に呉羽の奢りで良いの?」
半分ほどを胃に収め、腹の虫が落ち着いたうららは呉羽に尋ねる。
「もちろん。この間のお詫びも兼ねてるから⋯⋯本当にごめん」
「もういいよ。⋯⋯呉羽にはああ言ったけど、最終的にやるって決めたのはあたしだし⋯⋯。あたしこそ、さっきは無視してごめん」
うららはそう言いながら居た堪れなくなって視線を逸らした。
「うらら⋯⋯っ! 次はもっと良い方法を考えるから⋯⋯」
「もういいってば。⋯⋯それよりも————」
ちらりと呉羽の持つチーズハットグに視線を移す。ホクホクと湯気の立つそれはうららを誘うように芳ばしい香りを漂わせていた。
「それ、一口ちょーだい」
「え? ⋯⋯もう口付けちゃってるんだけど」
「そんなの気にしないよ。あたしのも一口あげるから」
「ぅえ!? そ、そそそそれって間接キ————」
そう言いながら大げさなほどに取り乱し、後退る呉羽。
食欲に支配されたうららは、そんな呉羽の了承を待たずに香りに誘われるがままにチーズハットグへと齧り付く。
「~~~~っ!!」
「⋯⋯っん、こっちも美味しい! あ⋯⋯そう言えば、さっき何か言ってた?」
サクサクの衣にとろりと伸びる柔らかいチーズを堪能していると、パクパクと陸に打ち上げられて酸素を求める魚の如く真っ赤な顔をした呉羽が目に入る。その視線は一心にうららが齧ったチーズハットグへと注がれていた。
「ケバブ、食べないの?」
一口貰ったお礼にと、食べかけのケバブサンドを差し出すが、呉羽はブンブンと激しく首を振るだけで一向に食べる気配は無い。
「呉羽、ケバブ嫌いだったっけ?」
「きっ、嫌いじゃないけど⋯⋯俺はいいよ⋯⋯」
「なんで? こんなに美味しいのに⋯⋯。いいから、一口だけ食べてみなよ。元は呉羽のお金なんだし」
「い、いいって! ⋯⋯もがッ⋯⋯⋯⋯!?」
痺れを切らしたうららは、頑なに拒む呉羽の口に問答無用でケバブサンドを突っ込んだ。
「っう、うらら⋯⋯!?」
「ね、美味しいでしょ?」
「う、美味いけど⋯⋯けどっ!!」
そう言いかけて押し黙る。
頬を染めながら抗議の視線を向ける呉羽はしばらくの間無言で咀嚼し、やっと飲み込んだかと思えば、今にも消え入りそうな声でぽそりと呟く。
「なんか、腹一杯になった⋯⋯⋯⋯」
「えっ、全然食べてないじゃん!」
「⋯⋯後はうららが食べていいよ」
そう言って、ぼうっと惚けた表情の呉羽は残りのチーズハットグをうららに差し出した。
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