失意のどん底で呉羽と。
————その日一日中、うららは主に机の木目を眺めて過ごしていた。
不運とは重なるもので、移動教室で理科室へと向かう途中、廊下でばったりと数学の斉藤に遭遇してしまう。
急いでいてぶつかりそうになったのも相まって、いつもの如く説教が飛んで来るかと思い反射的に身構えるうらら。
しかし予想に反して、彼は眼鏡の奥でギラリと光る瞳でうららを訝しげに見つめるだけで、珍しく何かを言ってくる事は無かった。
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うららの心を置いてけぼりにして、時は無情にも過ぎて行く。
一日も後は掃除の時間を残すのみだというのに、古典の授業が無かった為、今日は未だ至の姿を見てはいなかった。
「ゔゔぅ~⋯⋯至センセぇ⋯⋯⋯⋯」
(あたしから行かなきゃホントに会えないんだなぁ⋯⋯)
うららは自由ほうきの柄の天辺に顎を乗せて、うんうんと唸る。
「うらら、大丈夫か?」
心配そうな顔で声をかけて来たのは、呉羽だった。
間接的にしろ、この状況を作り出した張本人だ。うららは恨めしげな視線で呉羽を見やる。
「⋯⋯⋯⋯」
むっつりと黙り込むうららの機嫌を取るかのように呉羽は話を続けた。
「そ⋯⋯そうだ、気分転換にパーっと遊ぶってのはどうだ? もちろん、俺の奢りで! 買い物でもゲーセンでもカラオケでも⋯⋯何でも付き合うよ」
「⋯⋯⋯⋯」
未だ呉羽への怒りが収まりきらないうららは、ふいっと無言で顔を背ける。
「う、うらら⋯⋯」
まさかここまで無視されるとは思って居なかったのだろう、呉羽はシュンと肩を落として深く項垂れた。
手に持っていた自由ほうきが、ショックで力の抜けた呉羽の手からするりと離れる。
「ぉわっ!?」
ゴンっと硬いものにぶつかる音がした後、間髪入れずに驚いた声が上がる。
ぐらりと傾いたほうきはそのまま地面に倒れると思いきや、ちりとりでゴミを集めていた百香が頭上でキャッチしていた。
「ちょっと⋯⋯何なの⋯⋯」
「ももちぃ、大丈夫?」
突然急所への打撃受けて、頭をさする百香にうららは駆け寄る。
「秋月の仕業か⋯⋯」
「う、うん。⋯⋯ごめん、ももちぃ」
百香は床に落ちたほうきと魂が抜けたように虚空を見つめる呉羽を見比べて、今の状況を察したようだった。
「これに関してはアンタが謝る必要無いでしょ」
そう言って百香は深くため息を吐いたかと思えば、おもむろに立ち上がり口を開いた。
「秋月までそんなんじゃ、うちのクラスが辛気臭くて敵わないんだわ。⋯⋯アンタもこのまま幼なじみとケンカしてるのイヤでしょ?」
「ゔっ⋯⋯そ、それは————」
「あーもう、いいから早く仲直りして来いっ!!」
「ぎゃっ!?」
百香はうららの背中を勢いよく押して、呆然と立ち尽くす呉羽の前に追いやる。
「うらら⋯⋯ダメか?」
この世の終わりのような絶望を湛えた表情からやっと正気を取り戻した呉羽は、ウサギのように赤い瞳を涙の膜でうるりと潤ませ、懇願の視線でジッとうららを見つめて来た。
幼い頃から弟のように可愛がって来た呉羽の今にも泣き出しそうなその表情と、百香の後押しにうららは折れるしか無いと悟る。
そして、観念したように小さく息を吐いた。
「⋯⋯⋯⋯いいよ」
「っ⋯⋯!!」
途端に呉羽の表情がパァッと明るくなった。
————こうして、うららと呉羽によるお出かけ、もといデートが始まる。
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