嵐の前の静けさ
「————であるからして、ここは連用中止法を⋯⋯」
昼休みを間近に控え、そわそわする生徒が多い4時限目。うららはチョークを片手に黒板に向かう至の背中を見つめていた。
(いや、こんな昔の言葉わからんて⋯⋯)
起きてはいるものの肝心の授業内容は理解出来ず、手持ち無沙汰になったうららはパステルピンクのシャープペンシルをクルクルと回しながら深くため息を吐く。
一番後ろの席であるため、教壇に立つ至にうららの嘆きは聞こえないはずだ。
それを良い事に机に額が付きそうなほどに深く項垂れるうららは足をバタバタとさせて唸り声を上げる。
(それに、こんなん使う機会ある!? 形容詞? 四段活用? そんなんわからなくても生きていけるし! 本はフィーリングでも読めるしっ! でもでもっ⋯⋯真剣な表情のセンセーはめちゃくちゃかっこいい⋯⋯!!)
うららにとって、古典の時間は勉強というよりも至の姿を余す事なく観察出来る至福の時間となっていた。
顔の下半分をバリケードのようにして立てた教科書で隠し、熱を含んだ碧の瞳だけをひょっこりと出してジッとその姿を見つめる。相変わらず勉強していないように見えるうららであったが、以前に比べて遥かに成長しているところもあった。
前までは殆どの授業をサボるか寝て過ごしていた為、テスト直前に百香や他の友人に頼み込んでノートを写したりコピーしていたうららだったが、古典の授業だけはしっかりとリアルタイムで板書をするようになったのだ。
それに、至を眺める事によってアドレナリンが大量に分泌される為、退屈が誘う睡魔が襲って来る事も無かった。
これは以前までと比べて大きな変化だろう。
————他人にとっては小さな一歩だが、うららにとっては偉大な一歩だ。
そんなとある名言がうららの脳裏を過ぎる。
「ちょっと、うらら! そんなに見てるとすぐバレるんじゃないの?」
うっとりと至に見惚れるうららの肩を百香がシャープペンシルの頭でツンツンとつつく。
「ちょっと、ももちぃ! 邪魔しないでっ! 今この時ばかりは親友と言えど邪魔する事は許さん⋯⋯!!」
「⋯⋯センセーを見つめるのに忙しいから?」
「そう!! 話なら後で聞くから今は集中させて!」
「いや、真面目に授業受けろよ⋯⋯⋯⋯」
一瞬横目で隣を確認するとげんなりとした顔でうららを見ている百香がいた。隠す事ないドン引きの視線がグサグサと刺さって痛い。
こうして、百香の視線を感じながら主に至を見つめつつ、時々板書をするといううららの充実した50分間はあっという間に終わった。
「やっぱ勉強っていいね! ついつい時間を忘れちゃうよ」
「⋯⋯いや、アンタのそれはただのストーカーだから」
ふう、と一仕事終えた後のような充足感に満ちた雰囲気を醸し出すうらら。そんなうららにすかさず百香の的確なツッコミが炸裂するのだった。
次回、新キャラ登場します。
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