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貴方のために②




 机の上に置かれた至の手に、うららは自らの手をそっと重ねて悪戯っぽく笑う。


「⋯⋯⋯⋯」


 しかし、肝心の至からの反応は無かった。無表情でただジッと重ねられたうららの手の甲を見つめている。


「⋯⋯いたる、センセー?」


 不安に駆られたうららは重ねていた手を離して彼の名前を呼んだ。離れたばかりだというのに、もう既に自分とは対照的なほどに低い至の熱を名残惜しく感じてしまう。

 他に何か言葉を続けようとしたうららだったが、今の至に何と声をかければ良いか分からずキュッと唇を引き結んだ。


「⋯⋯⋯⋯」

「はぁ⋯⋯⋯⋯教師が生徒を部屋に入れる訳ないでしょう」


 うららがようすを窺っていると暫しの沈黙の後、ふうとため息を吐いてそう言った。

 そして至はお昼の入った袋をガサガサと漁り、いつものおにぎりとインスタント味噌汁、飲み物を取り出す。



「ちぇっ、ダメかあ~⋯⋯。あたし、掃除も得意なんだよ?」


 それまでカチコチに固まっていたうららの身体からふっと力が抜ける。

 予想していた返答であったが、それでもほんの僅かな期待を抱いてしまっていたうららは頰を膨らませた。


(自分で言うのもなんだけど、あたし顔はそこまで悪くない方だと思うんだけどなぁ⋯⋯。パパたちならこれで簡単に思い通りになるのに⋯⋯。も、もしかしてセンセーって女に興味ない!? ⋯⋯いやいや、それとも歳下は対象外とか⋯⋯?)


「⋯⋯どっちにしても手強すぎるよ⋯⋯⋯⋯」


 思わずそんな言葉が口をついて出た。声に出していた事に気付いたうららは慌てて至を見るが、彼には聴こえていなかったようだと密かに胸を撫で下ろす。





「ねねっ、センセ~! 今日も作り過ぎちゃった♡」

「⋯⋯⋯⋯常春さん」

「そんなに怒らないでよ、センセ~! あたし料理は得意だけど、なんていうかほら⋯⋯えっと、1人分だけ作るのは意外と難しい的な⋯⋯?」

「⋯⋯怒ってはいませんよ」

「でも、今“またか”って思ったでしょ?」

「⋯⋯⋯⋯」

「図星だ~! あたし、傷付いちゃったなぁ⋯⋯?」

「僕には笑っているように見えますが」


 ジッと長い前髪から覗く薄灰色の瞳に見つめられたうららは咄嗟にニヤける口元を押さえて弁解する。


「こ、心の中では泣いてるのっ!!」

「⋯⋯ではどうすれば常春さんは泣き止んでくれるのでしょう?」

「コレ、貰って♡」


 うららはおかずのみを詰めた至専用の弁当箱を目の前に掲げる。


「今日も秋月くんに断られてしまったんですか?」

「そうなの! 全く呉羽ってば⋯⋯薄情な幼なじみだよねぇ~⋯⋯」

「⋯⋯そうですか。では、今日も有り難く御相伴ごしょうばんに預かるとしましょう」

「やった! はい、どーぞ!!」






✳︎✳︎✳︎






 本日のメニューはすり下ろした胡麻の風味が香るいんげんの胡麻和えに一晩漬け込んで味がしっかり染み込んだ豚肉の生姜焼き、ほくほくで甘いカボチャの煮物、デザートの甘酸っぱいさくらんぼ。

 そして、特に手間暇をかけた自信作———一番出汁で作ったこだわりの出汁巻き卵だ。



「⋯⋯⋯⋯!」


 昨日とはガラリと変わったラインナップに至は驚いたようすを見せる。


(ぶっちゃけ、洋食に比べて和食は色味がぼんやりしてるから盛り付ける時に苦労したなぁ⋯⋯。でも、見た目だけじゃなく栄養バランスも完璧なこのお弁当で、至センセーもあたしにメロメロになる事間違いなしっ!!)



「常春さんは和食も作れるんですね。驚きました」

「うん。あんまり得意じゃなかったけど、練習してみようかなって」

「もう充分に上手だとは思いますが⋯⋯しかし、何事も挑戦してみるのは良い事です。日々研鑽(けんさん)を重ねる事で見えてくるものもあるでしょう。何か心境の変化でもあったのですか?」

「⋯⋯だ、だって、それは⋯⋯センセーが和食が好きって言ったから⋯⋯!」

「⋯⋯⋯⋯え?」


 思わず飛び出たうららの本音に至はポカンと呆気に取られたようすを見せる。


「あっ⋯⋯! ち、ちがう違う、間違えたっ!!」


(やばい! 失言した⋯⋯!! なんか言い訳しないともう受け取って貰えなくなるっ)


「えーっとえーっと⋯⋯⋯⋯そう! 呉羽が! 呉羽が和食食べたいって言ってたの言い間違い⋯⋯!」


(呉羽ごめんっ! 今度なんか奢るから許してっ⋯⋯!)


 うららは事あるごとに勝手に名前を出してしまっている呉羽に心の中で謝罪する。

 しかし、うららのこの一言がとんでもない勘違いへの発端となってしまう。



「そうでしたか。常春さんは秋月くんの事が好きなんですね」

「へ!? ⋯⋯す、好き⋯⋯!?」


(なっ⋯⋯なんでそうなるの!? そりゃあ、何度も呉羽の名前を出してはいるけど、うららが毎日呉羽じゃなく至センセーに会いに来てる理由を少しは察してよっ⋯⋯!!)


 自身が招いた結果とはいえ、一向に届かない至への気持ちにうららは涙目になるのだった。







貴重なお時間をいただきありがとうございました!

ここまで読んでいただけて嬉しいです!

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