たゆまぬ努力③
「えーっと、なになに⋯⋯水と昆布を入れて30分おいた鍋を弱火で10分ほどじっくりと加熱する⋯⋯っと」
出汁巻き卵のレシピが書かれたページを再度口に出して読み、小鍋に分量の水と昆布を入れて弱火にかけた。
要点に『注意!絶対に沸騰させないこと!』という記載を見つけたうららは、10分後にキッチンタイマーを合わせるだけでは飽き足らず、ジッと穴が開きそうなほどに鍋の中身を凝視する。
(————もし、この出汁巻き卵が大成功したとして⋯⋯⋯⋯至センセーに食べさせたら『美味し過ぎます! うららさんの作った出汁巻き卵を毎日食べたい』なんて言われちゃったりして!? そうなったらどうしよう!? これって味噌汁を毎日飲みたい的な昔のプロポーズの応用だよねっ!? あたしとしてもやぶさかじゃないし、ここまで言われちゃあ⋯⋯もうセンセーと結婚するしかっ!!)
「で、でも⋯⋯いきなり名前呼びはダメだって、センセーっ♡」
うららは出汁を見張っているうちに、いつの間にやら壮大な妄想を繰り広げていた。
自らで作り上げた妄想の中の至に悶絶し身体をくねらせてブンブンと腕を振り回す。
そして、順調に交際を重ねた後、某テーマパークでのプロポーズを経て結婚。二児(一男一女)をもうけたところでタイマーが鳴った。
————ピピピピッ!
タイマーの甲高い電子音でハッと我に返ったうららは緩んだ口元から垂れそうになる涎を拭う。
(やばっ、いつの間にか意識飛んでた⋯⋯!!)
正気に戻り手を洗ったうららは、沸騰直前の鍋から昆布を取り出し、昆布を取り除いた出汁を沸騰させる。
「次は⋯⋯びっくり水をして鍋の温度を下げてからかつお節を入れる⋯⋯ん? びっくり水? ⋯⋯ああ、差し水の事ね」
用語の意味が理解出来なかったうららはスマートフォンを取り出し検索エンジンで調べ、沸騰する鍋に10分の1の分量の水を入れてかつお節を加えた。
水を入れた途端、グツグツと音をたてていた鍋が静けさを湛える湖面のように穏やかになる。
「んーと、後は1分間沸騰しないように中火で加熱して灰汁を取り、濾して完成ね⋯⋯。まさか、出汁を取るだけでこんなに手間も時間もかかるとは思わなかったなぁ⋯⋯でもその分美味しくて愛情のこもった料理が出来るはずだよね!」
うららは出汁巻き卵を美味しそうに頬張る至を想像し、思わず口元を緩める。至の事を考えるだけで何処からか無限にやる気が漲ってくるのだから不思議だ。
至に恋をした事でうららの世界は大きな変貌を遂げた。
代わり映えのしない日常に飽き飽きしていた頃が嘘のように毎日が楽しくて仕方がなかった。至に会えた時なんてもう、今すぐ「好き!!」と叫んでともに手を取り踊り出したい気分にまで心が高揚する。
(今まで何か有れば直ぐに歌って踊り出すプリンセスたちが理解出来なかったけど、きっと今のうららと同じ気持ちなんだ)
至の事を考える度、うららの心は幸福で満たされじわりと温かくなった。
そして、うららが幸せを噛み締めているうちに、ようやく出汁が出来上がる。
「よし、一番出汁完成! ⋯⋯初めてにしては上出来なのでは!?」
ボウルの中には濾し終えた黄金色に輝く出汁。スプーンで掬ってひと舐めしてみると、昆布とかつお節の優しい味が口いっぱいに広がった。
「センセー、待っててね! あたし、頑張るから!!」
うららはグッと気合いを入れて腕まくりをし、最近脳内に住み始めたイマジナリー至へと語りかける。
今夜も勉強そっちのけで料理の研鑽に励むうららであった。
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