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第6話 神通パワー


「親愛の情を込めて、〝ひこにゃん〟と呼んでくれて構わんぞ?」

「それはダメだろ!」


 何がどうとは言えないが、色々とダメな気がする。権利的に。


「ふむ、駄目なのか? ではヒコナと呼ぶがよい。スクナヒコナでは長いからの」


 ふふん、と偉そうに胸を張るヒコナ。

 とてもじゃないが神様には見えない。神様にしては存在感がちんまりしている。

 特に胸のあたりが。


 さて、この自称神様をどうしたものか?

 冷静に考えれば、警察に連絡するのが最善なのだろうが……どうにもそうする気にはなれなかった。

 何故かと聞かれると上手く説明できないのだが、強いて言うなら、


 ――この少女は普通じゃない――


 と俺の直感が叫んでいたからだ。

 もちろん神だなんて妄言を信じるつもりはない。だが痛い少女の妄言で片付ける気になれない自分も確かにそこにいた。

 もしこの出会いを無下にしてしまったら、大事な何かを失ってしまうような、取り返しのつかない事態に陥ってしまうような。

 そんな予感がしてならなかったのだ。


「で、その由緒正しき女神様が、俺に何の用だって?」


 とりあえずヒコナの話に乗っかってみることにする。

 警察に連絡するのは、彼女の話を聞いてからでも遅くはないだろう。


「俺の願いを叶えるためにやって来た。とか言ってたように聞こえたけど……」

「うはは、その通りじゃ。妾は『女の子に生まれ変わりたい』という、お主の願いを叶えるために天界からやって来たのじゃ!」

「……すみません、警察ですか。迷子の女の子を保護したんですけど――」

「警察に電話すなーーーーッ!」


 俺のスマホをもぎ取って、即座にベッドに投げつけるヒコナ。


「こら、お前何すんだ」

「それはこっちの台詞じゃ! せっかく神である妾が願いを叶えてやると言うておるのに、何じゃその態度は。不遜じゃ、不敬じゃ! 出るとこ出るぞ!」


 出るとこ出たら、不法侵入で捕まるのはお前だけどな。


「妾は国造りの協力神にして、医薬、禁厭まじない、知識を司る天津神の一柱。スクナヒコナ様なんじゃぞ!」

「古事記や日本書記なんかに出てくる少名毘古那神すくなびこなのかみのことだね。その年でよく知ってるね。偉いぞ~」

「子供扱いすなーーーーッ!」


 盛大に地団太を踏むヒコナ。

 うーむ、どこからどう見てもただの子供にしか見えないな。

 確かに常人とは違う気配を感じたんだが……やはり気のせいだったか?


 神々しさの欠片も無い女神様の姿に、俺は自分の直感を疑い始める。


「くっ、やはりそう簡単には信じようとはせんか……じゃが実際に神の力を目にすれば、お主も妾が神であると信じざるを得ないじゃろ」

「神の力?」

「そう、神の力――神通力じゃ。妾くらいになると、大よそあらゆる奇跡を起こすことができるのじゃ。例えば、男を女に変える……とかな」 

「男を女にって……またそれか……」


 くだらない。馬鹿げているにも程がある。


「……ああ、なるほどな。お前、透花の友達――白姫しらひめさんとか、あたりさんの妹なんだろ?」


 白姫しらひめあたりというのは、透花と仲の良いクラスメイトの名前だ。

 妹がいるという話は聞いたことがないが、恐らくそういうことなのだろう。


「お前の姉ちゃんと透花の話を盗み聞きしたんだろ? それで失恋した俺のこと知って、からかってやろうとか考えたって流れか?」


 そう考えれば辻褄が合う。

 子供の悪戯にしては悪趣味が過ぎるけどな。

 俺が透花のことでどれだけ苦しんでいるか、子供だからと笑って許せる余裕は、今の俺には無いというのに。


「違うぞ、総一郎。さっきから言っておるじゃろう、妾は神じゃと……だが妾がいくら言ってもお主は信じないのじゃろう?」 


 ベッドに座る俺の耳元に、スッとヒコナが音もなく忍び寄る。


「じゃから今は……妾の問いに答えるがよい……」


 獲物を見るように目を細めるヒコナ。

 その声には、先程までとは打って変わって畏怖の念を想起させる冷淡さがあった。


「お前……なにを……」


 ヒコナの急激な変化に喉の奥が詰まる。

 少女の声も姿も、何一つ変わっていないというのに……何だ、この声には逆らえない……。

 冷たい泥に沈んだように身体の自由が利かなくなる。

 身動き一つ取れなくなった俺の瞳を、嗜虐的な笑みを浮かべたヒコナが覗き込む。


「十年、これまで積み重ねてきたのお主の努力を神である妾が認めてやろう」


 ヒコナの驚く程に冷たい指が、俺の頬に触れる。


「幼き思いを貫き通したその強靭な意志、まさに見上げたものじゃ。だが現実は無情、お主のたゆまぬ努力の全てが無駄に終わろうとしている……」

「……全て……無駄…………?」

「そうじゃ。今のままでは全てが無駄で、無意味で、無残に終わる。お主は本当にそれで良いのか? 百合透花と関係が、このまま終わって本当によいのか?」

「透花と……このまま……終わる……?」


 繰り返す。繰り返す。視界が揺れる。意識が揺れる。


「終わるとも……お主の手が、愛した女を抱きしめる日は永遠に来ない」

「……永遠に来ない?」


 ククク、とヒコナは喉を震わせて笑う。


「そうじゃ。じゃから綾崎総一郎、お主に問う。今日この日まで、お主は何のために自らをそこまで研ぎ澄ましてきた?」


 なんの……ために…………?


「鋼のような身体、刃の如く光る知性、お主はまさしく名刀じゃ。神の目に留まるほどのな。その力、勿体ないとは思わんか? 悔しいとは思わんのか?」


 ヒコナの声が耳の奥を満たしていく。深い呼吸のように脳髄に浸透していく。

 世界が歪む。

 手足が無くなってしまったような不思議な浮遊感。

 紫紺しこんに光るヒコナの瞳に、魂ごと吸い込まれていくような感覚。


「…………悔しい……悔しくないわけがない……」


 気付いた時には口が動いていた。


「そう悔しい。悔しいなぁ。では、お主の愛しい百合透花をこのまま諦めてよいのか?」

「いいわけあるか! 透花のことだけを想って生きてきた。俺には透花以外何もない。透花しかいらない。どんな努力だって、透花のためなら少しも苦しくなかった!」


 必死に抑えていた本心が、ヒコナに誘われるまま一気に溢れ出していく。


「子供の頃から独り黙々と自分を磨いてきた。変わり者だと指差されたことだって数えきれない。でも、それでも、透花を想えばそれすらも誇らしかった!」


 膝から崩れるように床に這いつくばる。

 這いつくばったまま、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。力の限り拳を床に叩きつける。


 こんなの八つ当たりだ、わかってる。

 だって仕方ないだろ、他に当たるものがない。

 透花が俺を選ばないのは仕方のないことなんだから。

 誰も悪くないのだから。


「俺ができることなら何だってやる。俺が差し出せるものなら何だってくれてやる。透花のためなら命だって惜しくない」


 だけど、でも……。


「でも駄目なんだ……どんなに頑張ったところで、俺が俺である限り、透花を幸せにできない……」


 心はとっくに折れていた。

 立て直そうにも、どこから手を付ければいいのか分からないくらいに粉々だった。

 透花のためと言っておきながら、俺はこんなにも透花に支えられていたのだと、今になって気付いた。

 こんなにも愛おしい。


「聞くまでもなかったのう。お主の心は痛いほど伝わった……」


 深い深い闇の中。

 ヒコナの甘く痺れるような声だけが、世界を満たしていく。


「では、改めて聞くぞ綾崎総一郎。お主、女になりたくはないか? 愛する女のために、新たな姿へと生まれ変わりたくはないか?」

「女に……生まれ変わる……?」

「そうじゃ。もし、お主に今までの自分の全てを捨て去る覚悟があるのであれば――」

「――覚悟なんかいくらでもしてやる、当たり前だ! 透花が女しか愛せない? 上等だよ。だったら俺が女にでも何にでもなってやる!」


 俺は、俺は――。


「一ミリだって迷ったりはしないっ!」


 ヒコナの問いに食い気味に答える。最後まで聞くまでもない。

 子供の世迷言だというのは分かっている。願ったところで、どうにかなるものでもないと承知している。

 それでも叫ばずにはいられなかった。

 俺には他に選択肢が残されていなかった。


「うはははは。よく言ったぞ綾崎総一郎。やはり妾の見立てに間違いはなかった。それでこそ妾が見込んだ男よ! では、ゆくぞ、歯ぁ食いしばるがよい!」

「へ? 歯を食いしばれって、お前一体何を――」


 俺の言葉も聞かずに、ヒコナは両手の二本指を額に当て叫ぶ。


「神通パワーーーーーーーーーーーッ!」


 何だそのふざけた掛け声は!? と思ったのも束の間、俺の全身がヒコナの額から溢れ出た光に包まれる。

 

 そして、俺はそのまま意識を失ってしまったのだった。

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