第51話 エピローグ①
清明先輩を試合で倒したからといって、今の自分が綾崎総一郎より優秀であると証明できたわけではないだろう。
腕っぷしや身体能力なんてものは、人間の能力を測るための一つの尺度に過ぎない。
社会が発展し、治安が安定している現代では〝戦う力〟なんてものは、無用の長物になりつつあることは理解している。
だが結果として、清明先輩は今回の件を両親に報告しないでくれた。
少しは認めて貰えたのか、それとも敗者には何も言う権利は無いと考えているのか。
そのどちらかは分からないが、お陰で透花の転校話も無くなったらしい。
そして、あの勝負から二日後。
検査入院を終えた俺を待っていたのは――
「だーれだ?」
「誰だも何も丸見えだから! なんで毎回、目じゃなくて胸隠すの、透花!?」
「わたし、一日一回金髪美少女の胸を揉まないと死ぬという呪いをかけられてるのよ」
「何だよその透花しか得しない呪い!?」
「得だなんて……今の私の心は罪悪感でいっぱいなのよ。わたしの呪いのせいでティアちゃんに迷惑かけて申し訳ないなって……あ、プニっと柔らか、うへへ」
「ちょ、罪悪感を感じてる指の動きじゃない!」
「え? 指の動きに感じてるですって?」
「悪意あるコメントの一部切り取り禁止~っ!」
――以前と変わらぬ平穏な学校生活だった。
学校で俺を迎えてくれた透花は、まるで何事も無かったようにいつも通りで。
それは、あのキスより前の時間に戻ってしまったような、少し勿体ないような感覚。
でも、ふと目が合った瞬間、恥ずかしそうに頬を朱に染める透花の姿が、一緒に過ごしたあの甘い時間は幻ではなかったのだと教えてくれた。
『――透花さんも戸惑っているんですよ。自分を責める気持ち、綾崎くんに申し訳なく思う気持ち。自分だけ幸せになっていいのか、葛藤しているのではないでしょうか?』
それは白姫の言葉。
白姫は本当に透花のことをよく見ている。軽く嫉妬してしまう。
透花の無差別セクハラも、あの日のキスも、自由を失う前の思い出作り。
透花にとっての最後の我が儘だったに違いない。
──総一郎を振って、ティベリアを振って、最後は独りになってけじめをつける。
そんな不器用な覚悟を透花は胸に抱いていたのだろう。
だというのに、目の前の壁が突然消え去ってしまったのだから戸惑うのも仕方がない。
もちろん、これで透花の自由が約束されたわけじゃない。
これからも透花が進む道には多くの試練が待っているはずだ。
そんな透花のために、俺に何ができるかは分からない。俺にできることなんてそう多くないのかも知れない。
ただそれでも、たとえエゴだったとしても、俺は透花の一番側にいたいし、側にいて欲しいと思ってもらえる俺でいたい。
だから、そのためにまずは、透花を総一郎の〝呪縛〟から解き放つ。
今日ここで俺が、綾崎総一郎を終わりにしなければならないんだ。
「――ティアちゃん……話って……何かな?」
その日の放課後、俺が透花を呼び出したのは、あの伝説の樹の下だった。
透花に二度も振られた場所。
俺にとって最も目を覆いたくなる場所。
でも、それでも今はここが最適だった。
なぜなら俺は、今から〝綾崎総一郎〟に止めを刺すのだから――。
落ち着かないようにそわそわと指を絡める透花。
いつもなら背後からセクハラしてくるタイミングなのに、呼び出した場所が場所だけに透花も緊張しているのだろう。
「透花……実は、総一郎から手紙が届いたんだ」
「総くんから……手紙?」
俺は平静を装い、だが、震える手で胸のポケットから一通の手紙を取り出す。
この手紙は、言うなれば、総一郎から透花への決別の手紙だった。
中に入っているのは、アメリカにいる総一郎が金髪美女に囲まれてデレデレしている合成写真。
手紙の内容も『俺はアメリカで楽しくやっています。金髪美女最高!』的なやつだ。
これを渡してしまえば、男として透花と結ばれる可能性は今度こそゼロになる。
『本当に良いのか?』と頭の中で誰かが警鐘を鳴らす。
だが決心は揺るがない。
俺は……いや〝私〟は、女として透花の側で生きると決めたから。
総一郎と透花の物語は、ここで終わりにすると決めたから。
――透花が手紙を受け取り、さっそく中身を確認する。
今までありがとう綾崎総一郎、そしてサヨナラだ。
お前の十年は、ティベリアが引き継ぐから、どうか成仏しておくれ。
「…………この写真……」
透花の眉がぴくりと動く。
さあ、何を言われるか。
あれだけ透花狂いだった総一郎の酷い掌返しだ。どれだけ非難されても仕方がない。
総一郎の代わりに、せめて私が透花の怒りを一身に受けるべきだろう。
「ねえ……この白い女の子……」
……ほら来たぞ……って、ん? 白い……女の子?
「写真で総くんと一緒にベッドインしてる、この白い美少女は……誰?」
「ちょぉおおおっと待ったぁぁぁぁっ!」
〝俺〟は清明先輩を倒した時よりも数段素早い動きで、透花の手から写真をもぎ取る。
そこに映っていたのは、自室のベッドで半裸で寝ている総一郎と、カメラに向かってピースサインを向けている白い神様――スクナヒコナとのツーショットだった。
…………あのくそガキャァァァァ! すり替えやがったなぁぁぁぁ!
つーか、いつの間にこんな写真を……まさかあの時か、女に変身するビームを食らって俺が気絶した後、身体が完全に女に変わる前か!?
ってか、ベッドでピースって、こんなん完全に事後写真じゃねえか!
あまりの衝撃に、一人称も〝俺〟に戻っちゃっただろ!
「ティアちゃん……これどういうことかな……?」
闇のオーラを噴出させる透花。
こ……怖い。今まで出会ったどんな強敵よりも恐ろし気なオーラを纏っている。
「い……いや、おれ……じゃなくて私に聞かれても……何が何やら……」
「総くん……わたしのことが好きだったんだよね? 十年間もずっと……でもこれって……こんなのってないよ……」
肩を震わせる透花。
あれ? 総一郎が他の女といるのが、そんなに嫌だったのか?
でも、だったらそれってもしかして、男の俺にもまだ可能性が残ってるってことなんじゃ?
「――誰なの!? この超絶可愛いウルトラ美少女は!?」
「やっぱり、そっちかよぉぉぉぉ!?」
分かってた。このオチは分かってたけどさ! 期待した俺が馬鹿だったよ!
「こんな写真を見せつけて、総くんはどういうつもりなの!? 自慢? 当てつけ? っていうか、総くんばかりズルい! わたしもこの美少女のおへそをペロペロしたい!」
「総一郎がヘソをペロペロしてる前提で話すのはやめろ!」
あーもう、透花の変態! 百合! ロリコン!
俺の一大決心だったのに、何でこうなるんだよぉぉぉぉぉ!
「――もしもし、園田? すぐにアメリカ行きの便を用意して欲しいんだけど……うん、そう、今夜にでも……」
いつの間にやらスマホで執事の園田さんと会話している透花さん。ちなみに目が本気。
「ちょっと、待った! 待って! 待ってください!」
「何、ティアちゃん? わたし今忙しいんだけど?」
扱い雑ぅぅぅぅ!
「あ……あの、透花さん? あのね……私は透花が好きで、透花も私のこと好きなんじゃないかな~なんて思っているわけでですね? あの、その……キスのこともあるし……」
「あー、えっとね……。ティアちゃんって、見た目はすぅぅぅぅっごく好みなんだけどね。兄さんとの試合を見てたら、かっこ良すぎて、なんか違うな~みたいな?」
人差し指で頬をポリポリと、気まずそうな透花さん。
「なんか違う!? 何それ、そんな軽く!?」
「だってーティアちゃんって、総くんにそっくりなんだもん。わたし、ずっと総くんに憧れてて、いつか自分も総くんみたいに強くかっこ良くなりたいなって思ってて」
……憧れ? 透花が総一郎に……?」
「だからね、ティアちゃんは付き合いたい女の子っていうより、わたしが成りたい理想の女の子像なんだよね。あーだからかなぁ、一緒にいるとドキドキしたのも」
「な、ななな、ななななな」
「話終わりなら、もう行くね。わたしアメリカ行って、総くんのロリっ子彼女を寝取らないといけないから! じゃ、またね、ティアちゃん!」
言いたいことだけ言って、颯爽と去っていく透花。
「な、ななな、なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
わけわからん! わけわかんねー。何だよ、何なんだよこのオチは!
「あれだけ頑張ったのに? そりゃないでしょぉぉぉ!」
絶望に打ちひしがれ、大地に崩れ落ちる俺。
「く、くくく、ふははは。分かった、分かったよ透花。だったら、とことんやってやろうじゃねえか。ロリ神様がなんぼのもんじゃい。俺は、もっともっといい女になって、透花を俺だけに夢中にさせてみせるからな。そのためだったら、俺はどんな努力だって惜しまない!」
ぐあっと立ち上がり、決意の拳を固める。
そう絶対あきらめない。
俺と透花が結ばれるのは今日ではなかったけれど、それでもいつか絶対。
「――俺は透花とTS百合になってみせるからなぁぁぁぁっ!」
おしまい。
でもちょっとだけ続きます。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
GA文庫大賞の投稿分はここまでになります(多少の加筆修正はありましたが)。
あと、少しだけエピローグの続きと、あとがきの様なものを書き下ろす予定です。
このままだと、透花がちょっと酷い女で終わってしまっているので、フォローさせてください。
ちなみに編集さんのレビューでも、最後の透花は大不評でしたw
いや、ページの都合で書けなかっただけで、続編に繋げるための布石だったんですよ。でも怒られましたw
※注意※
よいこの作家志望さんは真似しないようにね。続編のため説明不足になるのは賞レースではご法度です。
投稿した文章の中に、全てを出し切りましょう!
というわけで、あと少しだけお付き合い頂ければと思います。




