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第41話 TSっ娘は何度も蘇る

「――透花が、透花が転校するって先生と話していたのだ!」


 ちゅう子が告げた言葉は、俄かには信じがたい、それでいて眩暈を起こすには十分な程の衝撃を俺に与えるものだった。


「は? なんで!? 透花が転校って、どういうことだよ!?」

「我だって分からぬわ! ……透花からは何も聞いてないし……」

「いやだって、急にそんな……どうせあれだろ、聞き間違いとかそういうオチだろ? ちゅう子はそそっかしいから……」


 そうだ……きっとそうに違いない。

 だって、何でそんな急に……透花はそんな素振そぶ微塵みじんも……。


「そ、そそっかしくないもん! 我のデビルイヤーは戦闘力53万超人パワーなのだぞ。聞き間違えなどせんわ!」


 デビルに超人って……だから、ドラゴンハーフ設定はどうした?


「聞き間違いじゃないって……でも……」


「――ちゅう子ちゃんの話は本当ですよ、ティアさん」


 そう言いながら部屋に入ってきたのは、赤いリンゴの髪飾りの見知った顔。


「……雪まで、どうして?」


 ちゅう子と同じく肩で息をしている白姫。

 こいつがこんな切羽詰まった顔をしているのは、初めて見るかもしれない。


「どうしてもヘチマも無いですよね? ちゅう子ちゃんの話が事実だと言っている時点で、私たちがここに来る理由としては十分だと思いませんか?」

「事実って……まさか透花が転校するって話は、本当なのか?」 

「ええ、間違いありません」


 焦燥を浮かべながら断言する白姫。


 ──透花が学校からいなくなる? 


 それは……何でそんな……。

 なんだよそれ。

 もう感情が追いつかない。

 でも、だからって、それが本当だとして、白姫たちはどうして俺のところに……だって俺はもう……。


「外に車を待たせてあります。すぐに学校に向かいましょう! 今、透花さんは清明会長に呼び出されています。止めるなら今しかないんです!」


 白姫が俺の手を強く引く。

 だが俺は動かない。動けない。


「……ティアさん?」


 止める? 俺が透花を引き留める?

 どうして? 何のために? 

 ずっと、ずっと、透花の側に居たいと思っていた。でも、もうそれは叶わないのに?


「私が行ったからって、それが何になるんだよ……」

「ティアさん、何を……?」


 ついこの前、振られたばかりだってのに、どの面下げて何を言ったらいい?

 どこにも行かないで側にいて、とでも言えってか?

 はは、死んだ方がマシだ……。


「……私は透花に振られたんだ……あなたとは一緒にはいられないって……」

「透花さんがティアさんを振ったことは知っています」

「それ、透花から聞いたのか? 大切な親友には隠し事はしませんってか。嫌になるな……」

「勘違いしないで下さい。透花さんからは何も聞いてません。私がお二人のデートを勝手に覗き見してただけですので」

「……また覗き見かよ。相変わらずいい性格してるな白姫」


 これは怒っていい場面なのだろう。でも、やはりそんな気にはなれない。

 何もかもが、もうどうでもいい。


「全部知ってるなら……だったら分かるだろ? 私が説得するより、二人が説得した方がいいよ。私なんて、結局出会ったばかりの、都合のいいセクハラ嬢だったんだよ……」


 なんだよセクハラ嬢って……自分で言ってて笑えてくる、泣けてくる。


「そんな私に、お前らは何を期待してるって言うんだ……」


 もう終わりにしよう。

 追いかけても、追いかけても、結局手に入らないのなら、もうこのまま汚泥おでいに飲まれて、何も考えずに沈んでいく方がずっと楽だ。


 そうして力無くうなだれる俺の頬を――――白姫が平手打ちした。


 室内に響く乾いた音。

 時が止まったような錯覚を覚える。


「白……姫……?」

「お願いだから、私をがっかりさせないで下さい……」


 白姫は泣いていた。

 きっと誰かを叩いたことなど無いのだろう。俺を叩いたその手は赤く染まり、指の先が小さく震えていた。


「透花さんがティアさんを振ったのが、本当に透花さんの本心だと思っているんですか!? 貴女は今まで透花さんの何を見てきたんですか!」

「……白姫?」

「私は、ティアさんなら、透花さんを苦しめる呪縛を断ち切ってくれる、透花さんを助けられるんじゃないかって、そう思っていたんですよ。それなのに貴女はどうして……」


 透花を苦しめる……呪縛?

 その言葉には聞き覚えがある。

 白姫が一度だけ口にした『綾崎君の呪縛』という言葉。


「何だよ……いきなり何を言って……透花の呪縛って、総一郎のことだろ!?」


 総一郎の呪縛という言葉を聞いて、俺は女として生きていく決意を固めたんだ。

 男の俺では透花を縛るだけで、透花を心から笑顔にすることはできない。 

 その事実を思い知らされた時の、あの絶望を忘れられるわけがない。


「ええ、透花さんは綾崎くんに自分が女の子しか好きになれないということを、ずっと言えずに苦しんでいました……」

「そんなことは分かってる! でも、それが呪縛っていうなら、もう終わった話だろ。総一郎は透花に振られてアメリカに逃げた。総一郎はもういない! 透花がこれ以上気に病む必要は無い! それに、その話が透花が転校することと何の関係があるっていうんだよ!?」

「呪縛というのは、透花さんの綾崎くんに対する罪悪感だけの話じゃないんです……」


 俺に対する罪悪感だけじゃない……?

 それってどういう……。


「罪悪感だけじゃないって……じゃあ呪縛って何だよ? 私に透花を助けろって、どういう意味なんだよ!?」


 つい声を荒げてしまう。

 俺の勢いに押されて、白姫もグッと息を飲む。


「……ごめんなさいティアさん、急な話でわけが分からないですよね。元々は透花さんと綾崎くんの問題なのに……」


 白姫は申し訳無さそうに、自らの力不足を呪うかのように、唇を強く噛む。


「でも、あなたが本当に透花さんを好きだというなら、盤面をひっくり返せるのは今しかないんです。そしてそれは、ティアさんにしかできないことなんです――」

 

「――透花さんは、今この時も、あなたを待っているんですよ……」


 白姫は何を言っている? 意味が分らない。透花は俺を必要ないと言ったのに?

 分からない。分からない。分からない。

 けれど、白姫の言葉が嘘じゃないということだけは、その目を見れば分かった。


 そう、嘘じゃない。白姫が言っていることは真実なのだ。


「……透花が私を待っている?」


 白姫の言葉を繰り返す。

 最初は理解できなかった。まさかと思った。

 けれど、白姫の言葉が停止していた心にじわりと沁みていくにつれて、死んでいた想いが熱を帯びる。


『まだ透花のためにできることがある』と言われることは、今の俺にとっては『まだ生きていていい』と言われるのと同意だった。


 この心も身体も透花に捧げたもの。

 透花に要らないと言われれば、それはガラクタ以下の価値しかない。

 けれど、その透花が俺を必要だと言ってくれるのなら──。

 

「――今すぐ私を透花の元へ連れて行ってくれ。それと教えて欲しい。透花を苦しめる呪縛について…………私は、透花を守りたいんだ……」


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