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08.密談後 ステラリア



 言うなれば、目が覚めるような気分だった。




 レイルのどことなくそっけない行動が、ステラリアに対する緊張を伴うものならば、受け取り方もまた変わってくる。

 あれ以来、さりげなくレイルを観察してみたところ、ちょっとした行動の意味が、何となくだがわかり始めた。わかりづらい表現も多いが、後々、マクベスと答え合わせできるようになったのが大きい。いつもと変わらぬ行いのようでいて、レイルの些細な仕草に潜む感情の変化を読み取るのが、ステラリアは楽しくなってきた。


 例えば、出迎えた際に一瞬固まり真剣な目でじっと睨まれるのは、その日初めて見るステラリアの姿をかみしめているのだとか(視線が強いので睨んでいるように見られてしまうらしい)。

 例えば、唇を軽く開きかけたのに何も発せず閉じて黙り込むのは、感無量すぎて言葉を失うからだとか。

 例えば、淡白に感じるプレゼントは、際限なくあれこれ貢ぎたくなるのを、無理矢理マクベスが一般的なレベルに調整した結果なのだとか。

 例えば、ステラリアからの贈り物は、幼い頃から全て懇切丁寧に保管してあるのだとか(食品だけは、保存用に魔法をかけた1枚を残して、泣く泣く食べているらしい)。

 例えば、視線がさほど合わないのは、こっそり見つめてステラリアを愛でているのがバレないよう慌てて逸らしているからだとか。

 例えば、眉間に皴が寄っているのは、嬉しくて表情が緩みそうなのを我慢しているのだとか(表情筋が仕事しているようには見えないのだけれども)。

 例えば、ステラリアといる時に不意に胸を押さえるのは、病気とかではなくて、単に心臓に深刻なダメージを負ってしまいそうなほど胸にぐっときたのだとか。


 ――例えば、夜会に向かう馬車から降りた今しがた、ステラリアが礼を述べて笑んだ途端、レイルが随分と足早にエスコートしたのは。


 今までであれば、ステラリアの言動がレイルを不愉快にさせてしまったのかしらと、胸をそわそわさせながら俯いてしまっていたのだが。

 一歩先を行く、髪のかかった隙間から覗くレイルの耳に、薄っすらと赤みがさしているのが目に入って、ステラリアの心配は杞憂なのだとわかる。わずかな強引さは、照れ隠しの現れ。

 そんな様子が不思議と可愛く思えて、ステラリアはひっそりと含み笑ってしまう。今まで格好良いとか素敵だとか、一人の男性として頼もしく感じていたレイルに、きゅんと心をくすぐられてしまうなんて。


(……レイル様、今私のことをどう思っているのかな)


 可愛いと思ってくれているのかしら。

 それとも、贈ったドレスが似合っていて、改めて内心で喝采を上げたのかしら。

 はたまた、笑顔が眩かったから、とか?


(なんて、ね)


 レイルの後頭部を見上げながら、ステラリアは己が身を包み込む幸せに目を細めた。

 今まで無表情に目が行き過ぎて気にも留めていなかったが、パーツだけに注目すると意外にも雄弁だったりする。

 今、目の当たりにしている耳もそうだし、瞳だったり、唇だったり、指先だったり。軽く流せてしまう程度の違和をじっくりと拾い上げれば、そこには大きなレイルの想いが広がっている。

 ステラリアに触れたいのに触れられなくて、行き場をなくしふらふら不自然に彷徨うレイルの掌に、いけそこだと何度声援を送ったかわからないとはマクベスの言だ。

 一つ気づくと、また一つ。次々発見できるレイルの秘められた感情を見つけるのが、ステラリアの宝物になった。

 どうして今まで、こんな素敵なことに目を向けられなかったのだろう。長い時間、レイルのそばにいたのに。己の節穴っぷりが実に悔しい。

 でも、今からでもたくさんたくさん、レイルの素敵なところを知れる。遅くなんてない。


(嬉しい! 嬉しい!)


 鬱々とせざるを得なかった日々に別れを告げ、ステラリアはさっぱりした気分で前を向く。

 学校や夜会では、相も変わらず令嬢たちがやっかみや嫌味などを囁いてくるが、全く気にならない。レイルの本心を知ったステラリアの心は、揺らぐことなく固まったから。不安は、もうない。

 現金な話だが、気の持ちよう一つで、世界は薔薇色に変わる。張りつめていた肩の力が、ふっと抜けた気がした。心も身体も軽かった。


「……ステラリア嬢、今日は随分とご機嫌ですね? 何か良いことでもありましたか?」

「ふふ、そう見えますか? だったら、とびきり素敵なものを見たからかもですね」


 しばらくして、エスコートに落ち着きが見られた頃。

 歩幅をぴたりと合わせ、そう訪ねてきたレイルに、ステラリアは知らんふりをする。自分の機嫌を左右するのがレイル本人だとは、まだ教えて上げない。内緒だ。

 そうして、唇に人差し指を立て、ステラリアは悪戯っぽく笑うのだった。






 なお、後々のマクベスによる報告で、あれは抱きしめたくなる衝動を必死に堪えたからだと聞き、ステラリアが真っ赤になって恥ずかしさにうずくまってしまったのも内緒だ。

 まだまだ、レイルの感情を完璧に見通すには、ステラリアも修業が足りない。



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