23.園遊会後② ステラリア
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………………嘘だろう?」
「ほ、本当です、あの、ごめんなさい、ごめんなさい、たまたま、本当にたまたま現場を覗いてしまったことがあって……」
「嘘だと言ってくれ……」
レイルの目が、死んだ魚のように光を失っていく。
がくりと脱力したように項垂れて、レイルは再びステラリアの肩口に額を押し付けた。
ステラリアは焦った。
「……………………………………死のう」
「やっ、やだ、だめ、死なないで!」
「生きる」
むくりとレイルが身を起こした。復活が早い。
いつだったか、マクベスが、ステラリアの一言でレイルの生死が決まるとか冗談を言っていたけれども、もしかして本気だったのかもしれない。
やはり険のある面持ちに大きな動きは見られなかったが、うっすらと頬が薄紅に色づいて、照れくさそうに唇をわずかばかりへの字に曲げて拗ねて見せている。
ステラリアは目を瞠った。貴重すぎるレイルの恥じらいが、表に出ている。彼にとって相当衝撃的だったのだろう。逆に言えば、このレベルまで衝撃を与えないと、彼の表情筋は仕事をしないらしい。
でも、格好いいのに可愛い。場違いにも興奮しそうになる気持ちを、ステラリアは必死に抑えた。
「……いつからバレて?」
「前に侯爵家でお茶をしたときに、レイの部屋に扇を忘れてしまったでしょう? 実はその時に……」
「お、うっふ……。それなりに長い、ね……?」
物凄く声が裏返った。レイルの動揺は相当みたいで、申し訳なくなる。
ステラリアは、しょんぼりと肩を落とした。
「……ええ。ごめんなさい」
「いや……過ぎたことだし、目撃されたのなら取り繕えるでもなし、それでステラの態度が変わったわけじゃないから、もういいんだけど。って、あー……もしかして、マクベスと繋がって、いた?」
「ええと、はい……」
「ア、アイツ……!」
さすが将来の宰相というべきか。想像以上に早くメンタルを立て直してきたレイルだったが、頭の回転が戻ると同時にあれこれを察したらしく、眉間に深く皺が刻まれる。
ある意味、レイル最大の秘密であり恥部を、知らぬ間に好きな人に晒され続けていたのだ。怒らないわけがない。
「怒らないで? マクベス様は悪くないの。私がお願いしたの……! レイの本音が、どうしても聞きたかったから、無理を言ったの。マクベス様は、すれ違っている私たちを心配していて……」
「ええと、すれ違い、とは?」
「私、こんなにも素敵で紳士なレイが、どうして私みたいな平凡なのの婚約者なのかなって、ずっと不安に思っていて……貴方に好かれている自信が全然なかったの。政略だと思っていたし、いつか、婚約破棄されてしまうのかなって考えてしまったこともあったりで……」
「はっ!? 俺がどうしてもと望んだ婚約で、婚約破棄するだなんて、そんなこと天地がひっくり返っても絶対にありえない!! ああ、なんてふがいない! 俺の意気地がなかったばかりに、ステラにそんな勘違いをさせてしまうだなんて……!」
ざざっとレイルから血の気が引いていく。さっきから、表情筋がかなり雄弁だ。
それほどまでに、今、レイルの感情は目まぐるしく振れているのだろう。氷とまでに揶揄された彼を、そんな風に熱くしているのが自分なのだと思うと、不謹慎かもしれないが、えもいわれぬ想いが身体の奥から湧き上がってくる。
ステラリアは、レイルの頬にそっと指先を伸ばした。
「でもね、レイのベッドローリングを見てしまって、マクベス様からレイの話をたくさん聞いて、全部私の杞憂だったって実感できたのよ。だから、彼は私たちを取り持った立役者でもあるの、許してあげて?」
「ぐ……ステラがそこまで言うなら……。業腹だが、よくやったと褒めるしかないな」
「ええ! 必要以上のことは教えてもらえなかったけれど、隙のないレイの可愛らしいエピソードを聞けて、とっても楽しかったわ!」
「ぐ、アイツ一体何話したんだ……。だが、まあ、うん、正直、君が引いていなくて心底よかった。それだけが救いだ……」
「驚きはしたけど引かないよ。どれだけ婚約者やっていると思っているの」
「だって、ステラに嫌われたら、俺は生きていけないし、絶対に腑抜けになる自信がある。心臓に悪い。君は俺の生殺与奪の権利を握っていると自覚してくれ……」
大げさなとは思うものの、どうやら冗談ではなく、やっぱり本気らしい。
こわばっていた力を抜き、深々と安堵のため息をついたレイルは、ステラリアをきつく抱きしめて、離さないとばかりにぐりぐりと身体を擦り寄せてくる。ぴったりとくっついて、小さな甘えん坊みたいだ。
かけられた体重は、そこそこに重い。しっかりと鍛えているレイルの身体は、すらりとした見た目の割に逞しくて、男の人なんだなあと意識してしまう。
己を曝け出して、互いの本音を話して、レイルもすっかり気を緩めてくれたようだ。もう何も隠す必要などないのだし。それが、もっと仲良くなれたみたいで、より心が近づいたみたいでステラリアの唇は自然と綻んだ。
「幻滅とかがっかりとか以上にね、レイが私のこと大好きなんだってわかって、嬉しかったの。ねえ、レイ、ベッドの上で存分に愛を叫ぶのもいいけれど、たまには直接私にも囁いてくれると嬉しい、です……」
恥ずかしさにはにかみながらも、ステラリアが素直な気持ちを伝えると、一瞬固まったレイルはそのままゆっくりと頭上を仰いだ。
「っ、は、呼吸をするのを忘れてしまった……。うん……やはり小悪魔か、ステラがあまりにも可愛い……………このまま天に召されそう……」
「やだ、そんなに簡単に死なないで?」
「絶対に生きる」
公開告白で勢いづいたのか、はたまた残念さを受け入れられたことですっかり開き直ったのか、レイルはベッドローリングの時のような反応をぽんぽんとステラに返してくれる。
マクベスから常々聞いてはいたが、やっぱり真顔なまま交わすどこかポンコツな挙動が可笑しくて楽しくて、冷戦沈着で氷の貴公子なんて呼ばれている王子様然とした外面とのギャップが愛おしい。
出会ったばかりの頃の、内向的で繊細で、ステラリアにべったりだった幼いレイルを思い出す。レイルは見違えるほどの成長を遂げたけれども、こんな風に変わらないところもたくさんあるのだろう。ステラリアは、ふふっと喉を鳴らして笑った。
多分マクベスも、こういうレイルの態度にはまったのではなかろうか。なんだかんだいいつつ、主至上主義なので。
「レイ、可愛い」
「可愛いのは君だよ、ステラ……」
レイルはステラリアの手を取ると、甲へ、指先へ、掌へ、手首へ、そして彼がプレゼントしたブレスレットへ、何度も何度も、慈しむように、愛おしげに唇を落としていく。
眼鏡の奥で微かに伏せた睫毛と流し目から醸し出される物凄い色気に当てられて、ステラリアは息を呑む。ちゅう、ちゅうと小さく立つリップ音が、あまりにも卑猥で声にならない悲鳴を上げた。
訂正する。
レイルは可愛いけれども、それ以上に格好いいと。
真っ赤になったステラリアに、レイルは小さく微笑んだ。
「俺の10年分の君への想い、この程度じゃ済まないからね?」
「オテヤワラカニオネガイシマス……」
* * *
二人がサロンから退出すると、同じタイミングで奥の扉が開いた。おやと眉毛を上げたクリストファーが出てくる。
――ミルフィオーレをお姫様抱っこして。
ううううう……と母音でひたすら唸り続けているミルフィオーレは、両手で顔を覆って表情はわからないものの、真っ赤な肌は隠しきれていないし、雰囲気が桃色で目の毒だ。一体何があったのかは、深く追求したくない。
そんな二人の姿をステラリアが胡乱な瞳で見つめていると、クリストファーは至極満足げな様子でにっこりと笑った。心の中で、ミルフィオーレにご愁傷様ですと呟いてしまった。
園遊会も延期となり、そこそこサロンで過ごした時間が長かったので、生徒たちもぼちぼち学内から撤収しているだろう。
ミルフィオーレを捕獲したまま立ち去るクリストファーたちに挨拶をし見送ってから、ステラリアとレイルは顔を見合わせた。
「さて、俺たちも行こうか、ステラ」
「ええ。でも、何て噂されてしまうのか不安ね……。明日がちょっと憂鬱……」
「大丈夫。ステラは、俺が護るから」
スマートに差し伸べられた手に、己のそれを重ねれば、レイルの大きな掌がきゅうと絡んでくる。頼もしくて安心できる掌。現金ではあるが、それで不安なんて吹き飛んでしまった。
恋人繋ぎをしながら、レイルはステラリアに歩幅を合わせて隣を歩く。愛想の欠片も窺えない顔で、真っ直ぐ前に視線を向ける彼を、ステラリアはそっと見上げた。
ーーレイルの耳先は、未だほんのりと赤く色づいたまま。
ステラリアの唇は、小さくにまにまと緩んだ。
恥ずかしい。くすぐったい。でも、幸せだ。
婚約者のことが大大大好きな残念令息の残念さを、令嬢が知りつつも知らないふりをしていたことは、打ち明けてしまったけれども。
レイルの頑なな表情が孕む感情をちょっとだけ読めるのは、もうしばらくステラリアだけの秘密だ。
次回で完結です!




