20.園遊会② アイリ
そんな感じで、結構行き当たりばったりで突き進んできた攻略なのに、『花霞月の園遊会』で、婚約破棄イベントが発生した。
何故か、全く関係のないエドワードが、兄と宰相子息それぞれの婚約を破棄するべく、悪役令嬢2人をまとめて告発するという内容にすり替わっていたが。
ゲームの強制力様様であるが、ちょっとばかし捻じ曲げすぎではなかろうか。
目の前の開かれたドアからは、丁寧に整えられた新緑の庭園が良く見える。外は青く晴れ渡り、まるでアイリたちの門出を祝福するかのように爽やかな風が吹き抜けた。
植えられた木々――シュリジュエという名の、桜を元にしたであろう木――には、薄紅色が満開に花開いている。虚空に舞い散っていく花弁も相まって、至極幻想的な光景だ。
そんな最中、ホールの中央に立つ悪役令嬢二人は、きょとんと目を瞬かせた。
驚く気持ちはわからないでもない、アイリとて同様だ。正直、この先どんな展開になるのか、全く予想がつかなくなってきたのだから。
だが、アイリに悪いようにはならないだろう。何故なら、アイリはこの世界のヒロインなので。
ミルフィオーレが、わずかに前に出て、ステラリアを庇うような仕草を取った。アイリは、思わず柳眉を吊り上げる。
確か、ミルフィオーレとステラリアに、ろくな接点はなかったはずだが、やけに親しげに見える。
これもまた、ゲームになかったはずの挙動だ。悪役令嬢が、悪役令嬢してくれないどころか、悪役令嬢同士で結託している。
「何と無作法な。……エドワード殿下、貴方、どれだけ突拍子もないことを仰っているか、わかっていらっしゃいますの?」
すっと瞳を鋭く細めて、ミルフィオーレが滔々と呟く。
アイリには敵わないものの、ミルフィオーレとステラリアも、それなりに綺麗な顔をしている。ミルフィオーレには強気に睨み付けられたけれども、この後王太子から婚約破棄をされ、路頭に迷う憐れな彼女の末路を思うと同情もする。
しかし、ここはか弱いふりをしなければ。
アイリは小さく悲鳴を上げて声を震わせながら、そっとエドワードの服の裾を摘まんだ。怯える演技が上手すぎるのではないか、アカ○ミー主演女優賞受賞できるな、という自画自賛でいっぱいである。
「エドワード様……」
「……っ、アイリ、君は隣にいてくれるだけでいい。後は、私に任せて。君は僕が絶対に守るから」
自分を上目遣いで見上げてくるアイリの、儚い可愛さにやられたのだろう。ぎゅうと頼もしくアイリの肩を抱き寄せて、エドワードが力強く頷いた。
アイリとエドワードの後ろには、生徒会メンバーを筆頭にアイリに心からの愛を囁いてくれるイケメン軍団も揃っている。彼らの婚約者の令嬢たちからどれだけ嫉妬の視線に晒されようと、恐いものなどない。
園遊会に参加している生徒たちは、一様に固唾を呑んで成り行きを見守っている。
そんな最中、かつかつと二つの靴音がホールに響き渡った。
「これは一体何事だ、エド」
「兄上、レイル!」
エドワードの声に、喜色が混ざる。生徒会の仕事で場を外していたクリストファーとレイルが、園遊会に戻ったのだ。
これで、役者は揃った。
悲愴な表情を作りながら、アイリは内心ウキウキしていた。ゲームで何度も見たはずの断罪劇が、今目の前で繰り広げられようとしているのだ。そりゃあ、テンションも上がる。
ただならぬ会場の雰囲気に、クリストファーは辺りを見回した後、傍に立つミルフィオーレを見た。ミルフィオーレは、ただ静かに首を振る。
「兄上、レイル、そこから離れて。この二人は身分を笠にきて、このキャンドラ男爵令嬢アイリを陰で虐め、不当な扱いをしたのです。下手をすると、アイリは命を落としていたかもしれないんだ! この国の未来を担う兄上とレイルの婚約者として、何と恥ずべき行為でしょう!」
「エドワード様、私……っ、恐くて……!」
「もういいんだ、アイリ。よくぞ耐えた」
怒りを滲ませたエドワードの告発に、ざわざわとホール内がざわめいた。
アイリがちょっと涙を浮かべれば、方々から「アイリ嬢が泣いている!」「身分を盾にするとは酷い……」「見て、アイリ嬢の足に、包帯が……!」「階段から突き落とされたらしい」「か弱い彼女を泣かせるなんて!」と、悪役令嬢に対する非難が上がる。
その声に勢いづいたのか、エドワードはばっと片手を広げた。
「そもそも、この二人は兄上とレイルの婚約者としてどうなのかと、私はずっと思っていたのです。ミルフィオーレ嬢は、気位ばかり高くて優しさの欠片もなく、教養はあれど可愛げがない。所詮政略とはいえ兄上と仲を深めようともせず、我が国の将来の国母として不安しかなかった。ガルシア伯爵令嬢など、影も薄く、勉学や魔法もそこそこであまりにも平凡過ぎて、明らかにレイルと釣り合いが取れていない。レイルを支え、癒している様子もない。二人とも、心優しく清らかなアイリとは大違いだ!」
「まあ、エドワード様……」
「さあ、兄上、レイル、今すぐ決断を! 婚約破棄を!」
やはり、ゲームの強制力はあったのだ。この流れのまま、断罪イベントは進められるだろう。アイリは内心でにんまりと唇を綻ばせた。
すると、とんでもない展開になったとばかりに騒然とする会場に、ぶちんと何かがちぎれるような音と声が響いた。
「……けるな」
誰しもの耳に届くほどの威厳に溢れた、それでいて内に秘めた強い怒りを思わせる、声が。
一瞬にして、ホールが水を打ったように静まり返った。
エドワードは、目を丸くする。
「……兄上? 今、何と仰いましたか?」
「……ふざけるな、と言ったんだ、エドワード」
「私もクリストファー殿下に賛同いたします。ふざけるのも大概にしていただきたい、エドワード殿下」
「レ、レイル?」
「この二人が、キャンドラ男爵令嬢を虐めていたとか、階段から突き落としただとか、片腹痛い。全てその女の狂言、自作自演だと調べはついている。一体何を根拠にそんな世迷言を言っているのだ、なあ? エドワード」
「ろくに調査もせず、キャンドラ男爵令嬢の言葉を鵜呑みにするとは笑止千万。キャンドラ男爵令嬢が被害にあったという時間帯、確かにミルフィオーレ嬢とステラリア嬢は、一人ではありました。ですが、残念でしたね、彼女たちには殿下の影を付けていたんですよ。そして、要注意人物として貴女にもね」
「影たちの報告によると、何故か一人で階段を転げ落ちるアイリ嬢の姿が見受けられたらしいぞ? わざわざ見せつけるように包帯を巻いて、足を引きずって、ご苦労なことだな」
ギラギラ燃えたぎる焔のような険しい視線と、すべてを凍てつかせそうな氷の眼差しを持って、クリストファーとレイルがこちらを睨んでくる。
まるで、アイリに敵対するかのように。そんな馬鹿な話があるか。だって、二人はアイリの攻略対象なのだ。
あんなにも、上手く行っていたはずなのに、どこでどう狂ってしまったのだろう。急激に物語の盤上をひっくり返された。強制力は、一体どこに行ってしまったのか。
こんな展開、ゲームプレイ中に一度も見たことなかった。そもそもアイリはこの世界で愛されるべきヒロインだ。ヒロインのはずなのだ。それなのに、これではアイリが断罪される流れではないか。
失われた前世の記憶の部分に、バッドエンド展開が含まれていたのか? いや、そんなルートは絶対にない。
…………本当に?
わからない、わからない!
「ひっ……ど、どうして!? どうしてそんなこと言うの、酷い!? クリストファーとレイルは、私のことが好きだったんじゃないの……!?」
動揺を必死に押し隠して、アイリは涙ながらに訴える。潤んだ瞳で、真っ直ぐ可憐な眼差しで、クリストファーとレイルを見つめる。大概の男は、これで落ちた。
にもかかわらず。
「……君に? 私たちが惚れていると?」
「ありえない」
ふっと、クリストファーとレイルが鼻で嗤った。
そうして、すぐ傍にいたそれぞれの婚約者の肩を、力強く抱き寄せた。
「私が恋しているのは、ミルフィオーレ……ミルフィただ一人だ。政略? 誰が? 幼少の頃に心を奪われ、こんなにも一途に愛を捧げているというのに? ミルフィの美しさを始め、その気高さや多くの教養は、誰よりも我が国の国母となるにふさわしく、繁栄をもたらすだろう。可愛げだけで一国の王妃が簡単に務まると思うなよ。ミルフィの優しさや美徳は少々わかりづらいけれども、彼女ほど慈悲深く手を差し伸べ思いやる人を、私は知らない。私はいつだってミルフィの愛らしさに心底惚れ直しているし、ミルフィをこの世で一番愛しているし、ミルフィ以外はいらないよ」
「で、でで、殿下っ!?」
軽さなど感じさせない重く真剣な声音でクリストファーが囁き、ミルフィオーレたった一人を慈しむように見つめれば。
「俺にとってこの世で一番愛おしく、可愛く、至高の存在はステラだけだ。俺の最愛、俺の唯一。ステラが平凡? たわけたことを……。ステラがいない世界など、これっぽっちも価値などないというのに。だがまあ、彼女の素晴らしさをわかっているのは、俺一人だけで構わないさ。この美しい銀髪も、新緑を閉じ込めた宝石みたいに輝く瞳も、柔らかな頬も、小鳥のさえずりのような可憐な声も、慎ましい指先も、しなやかな肢体も、真面目でひたむきに努力する性格も、花みたいな愛くるしい笑顔も、俺の心を救ってくれた優しさも、全部全部、俺一人のためだけに咲いてくれればいい。それはそれとして、ステラを貶めるヤツは絶対に許さない、俺が社会的に潰してやるから覚悟しろ」
「ひゃ、レ、レイル様ぁ!?」
レイルは、ステラリアのパーツ一つ一つに、次々と愛おしげに唇を落としていく。
ホール内にいる生徒一同は、レイルとクリストファーの熱弁と急遽始まった溺愛の余韻で、呆気に取られるほかなかった。
エドワードの人称が混乱してて申し訳ないです…!修正しました。




