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婚約者のことが大大大好きな残念令息と知らんふりを決め込むことにした令嬢  作者: 綴つづか
本編

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02.夜会② ステラリア



 昔から、イングラム侯爵家とガルシア伯爵家は、事業における良いパートナーだった。更に母親同士が懇意にしており、幼い頃から顔を合わせていた二人は相性も悪くなかったのもあり、婚約は結ばれた。

 ステラリアは、高位貴族のご令嬢みたく、特筆した美貌があるわけでもないし、瞳も淡い黄緑色とよくある色合い。ストレートの銀の髪が少し褒められる程度。勉学も中間よりちょっといいくらいで、身体能力も魔法もそれなり。至って平凡な伯爵家の娘だ。

 だから、レイルとステラリアの意思というより、親同士の思惑のほうが強かったのだろう。まさしく政略なことくらい、理解しているのだ。


(ちっちゃかった時は、身体が弱くてもっとふんわりしていて、危なっかしくて、可愛かったのになあ……)


 辿り着いた人気のないテラスの手すりに軽く身を預ければ、視界に見事な王家の庭園が広がる。

 イングラム侯爵家の庭も、王家に負けじと劣らず様々な花が咲き乱れ、常に美しく整えられている。

 そんな緑なす中、ステラリアの後をひよこのようにちょこまかとついて回る愛らしい少年時代のレイルを思い出して、ついつい笑みが浮かんでしまった。


 年々男ぶりを増し、有能さを発揮していくレイルに、果たして平凡な自分は釣り合っているのだろうか。時折、ステラリアの胸を苛む感情に、押し潰されそうになる。

 レイルの態度は、文句のつけようもないほどに完璧だ。夜会があれば自らの色を取り入れた清楚なドレスを贈られ、エスコートだってばっちりこなす。定期的に愛らしい花と、カードも届くこまめさもある。誕生日だって、一度たりとて忘れられたこともない。何かあっても、嫌な顔もせずステラリアを優先してくれる。

 だから、これは贅沢な悩みなのだろう。いつしか、レイルとの間に、どこか見えない壁がそびえ立っているように見えてしまったのは。一切隙のない態度が、返って一線を引かれている風に感じてしまうのは。

 大きな波もなく、熱もなく、ただ淡々と婚約者らしいことを几帳面にこなすレイルに、今まで不満があるわけでもなかった。

 だが、学院に入学して以来、周囲の婚約者との熱愛ぶりを聞くと、もしかしてこの婚約は彼の意にそぐわないものだったのだろうかと、疑問に思う時がある。加えて、囁かれる数々の悪意が、ステラリアを惑わせ、感情をすり減らせていくのだ。

 元々、感情が読みづらい少年だったが、氷の貴公子と呼ばれるほどになると、更に彼の心はわからなくなって、ステラリアを戸惑わせる。

 レイルは、ステラリアに大きく踏み込んでこない。距離感だって、婚約者というよりは、幼馴染のまま変わることなく、品行方正。

 幼少のみぎりは互いを愛称で呼び合っていたのに、気が付けばそれもなくなった。

 ステラリアのことを第一に慮ってくれるのはありがたいけれども、触れるのだって紳士的な範囲。口づけだって、まだだ。深く、情熱的に、求められたことは未だない。

 自分には魅力がないのだろうかと、ちょっと凹んだこともある。

 いつか、レイルに好きな人ができたら、婚約破棄を告げられるのだろうか。そんな悲しいシーンを、何度も夢想したことがある。

 でも、夢は夢のまま、彼は変わらずステラリアの隣に立ち続けてくれている。


(レイル様は十二分に優しくしてくれているけど……。何だか、私ばっかり、レイル様のこと好きみたいだなあ。って、こんなことを考えて、私ったらはしたないよね……)


 一人葛藤を繰り返し、赤くなったり青くなったり、自己嫌悪でうぐぐと唸っていると、レイルがテラスに駆け込んできた。眼鏡の奥に焦りをにじませたように見えたのは、ステラリアの願望だろうか。

 彼は、視界にステラリアの姿をおさめると、ほっと息を零す。


「ああ、こんなところにいた! 良かった……。ステラリア嬢、姿が見えなくなったから、探しましたよ」

「レイル様……」

「ん? 少し顔色が悪いな……。もしかして、気分でも悪くなりましたか? 休憩室に連れて行きますか?」

「ああ、いいえ……平気です。少し、夜風に当たりすぎたのかもしれませんね」

「それはいけない。女性は身体を冷やしたら駄目だ」


 心配げに眉を寄せたレイルは、躊躇いなくジャケットのボタンを外すと、ステラリアの肩に被せた。暖かい。自分が考えていた以上に、肌が冷えていたのかもしれない。ジャケットからふわりとレイルの香りが漂って、何だかそわそわしてしまう。


「? 顔が赤くなってきましたね。熱でも出てきたか……」

「だ、大丈夫です! 大丈夫ですから!! 私のことよりも、王太子殿下はよろしいので?」

「ああ、もう必要なことは済ませました。あとは両親に任せましょう。君の体調が心配だ。ちょうどいい頃合いだし、我々もそろそろお暇しましょうか。ちょっと待っていて」


 そう言って身を翻したレイルは、談笑していた両家の母親に、帰宅の旨を告げているようだ。母親たちは心配そうにステラリアを見たが、大丈夫の意を込めて頭を軽く下げた。

 宴もたけなわではあるものの、一通りの社交を終えた貴族たちが、ちらほらと帰り支度を始めている。

 大ごとになってしまったが、実際こんなモヤモヤを抱えたままなのは嫌だったので、良いタイミングだったのだろう。


「お待たせ。家族に先に抜けると伝えてきましたので、帰りましょう。送ります」

「ありがとうございます」

「……抱き上げていきましょうか?」

「ふふ、大袈裟ですわ。少々人に酔ってしまっただけですから」

「ならいいけれど……。今日は随分と人手で賑わっていましたからね」

「ええ。王家の威光を感じますわ」


 腰に手を添え、ステラリアがよろけぬよう気を付けながら、レイルはゆっくりと歩みを進めてくれる。今にも抱き上げられそうな勢いだったが、さすがに固辞した。

 ただでさえ、ジャケットを借りているのに、更にそんな目立つことをされたら、余計に方々からの注目を浴びてしまうし、何より羞恥で死んでしまう。

 馬車に乗り込んで、ようやく無粋な人目から外れて、ステラリアはほっと一息ついた。


「……久しぶりの夜会は、楽しめましたか?」

「はい! こんなに大規模な夜会は初めてでしたから、少し不安だったのですけど、レイル様が一緒にいてくださったので」

「よかった……。ああ、顔色も戻ってきたようで安心しました」


 心地の良い沈黙の中、馬車は規則的な音をたてながら進んでいく。注目を浴びる場から離れたことと、窓から吹き込む夜風の清涼さが程よかったからだろうか。だいぶステラリアの緊張もほぐれてきた。肩の力が、しずしずと抜けていく。

 もうちょっと心の強さを持って、人目に慣れなければと反省する。個人的な憂鬱で、レイルに心配をかけさせてしまって、ひどく申し訳なかった。彼の隣に胸を張って立つには、ステラリアはまだ自信がなさ過ぎた。


「……夜会などなければ、正直個人的に貴女とゆっくり祝いたかったところなのですが。ステラリア嬢、左手をお借りしても?」

「ええと、はい?」


 しばらくすると、レイルが急にもごもごと歯切れ悪く言葉を発した。乞われるがままに、ステラリアは左手を差し出してみたものの、一体何だろう。

 ステラリアが小首を傾げていると、恭しく腕を取ったレイルは、ごそごそとポケットの中から小箱を取り出すと、その中身を左手首に素早く巻き付けた。

 ステラリアは目を瞠った。手首をきらりと彩るのは、金の細いチェーンに蒼と黄緑の小粒の宝石が散りばめられたブレスレットだった。今日のドレスに合わせるにはやや子供っぽくあるものの、普段使いにはちょうど良いデザインで、ステラリアの好みに合致していた。


「わ……可愛い……」

「今日、私たちが婚約してちょうど10年目でしたから……」

「レイル様、覚えて……」


 レイルは照れ臭そうに、わずかに視線を外して呟くが、ステラリアの胸はいっぱいになる。

 まさか、覚えてくれていたなんて。

 高揚した気分のまま、慌ててステラリアもバッグを漁り、丁寧に包装した包みを取り出し震える手で差し出した。


「私、からも……。こんなに素敵なものじゃ、全然ないのですけれど、記念にと……」


 それは、行きの馬車の中で、散々出すか出さぬか迷って、結局取りやめたもの。


「開けても?」

「ええ……お恥ずかしい限りなのですが……」


 慎重に包みをほどいたレイルの掌に広げられたのは、刺繍を施したハンカチ。ごくごくありふれた贈り物ではあるものの、さほど刺繍が得意でないステラリアが、それでも一針一針想いを込めて刺した。

 ハンカチは適宜差し上げているのもあって、10年の記念にあげるにはあまりにも普遍的すぎやしないかと悩んだものだが、どうしても手作りにしたかったステラリアのエゴだ。同じ手作りでも刺繍より菓子作りの方が得意なのだが、記念に残るものを渡したくて、随分前から準備をしていた。

 母からは始末が甘いだの糸がよれているだの、結構なダメ出しを食らいながら頑張った一品は、ステラリア的に会心の出来だと胸を張れる。張れるのだが……反応はちょっと怖い。


「緑の中で寄り添う猫だ。可愛いな……。いつも素敵なハンカチをありがとう、ステラリア嬢。大事にします」


 そろそろと視線を上げると、レイルはちょっといびつな刺繍を、どこか愛おしそうに撫でてくれた。


(か、可愛いのは、レイル様の方です! うう……やっぱりレイル様、好き……!)


 先ほど令嬢から浴びせられた嫌味など、すっかり頭から吹き飛んでしまった。

 レイルが頭角を現すにつれ、色々と頭を悩ませることも、悲しいことも、心を揺らすことも増えてしまった。ただただ、仲良く手を取り遊んでいた、子供の頃と同じままではいられない。

 けれども、こうして嬉しいことをさりげなくしてくれる優しい人だと、ステラリアは知っているから。

 仏頂面で、表情がわかりづらくて、生真面目にも一線を引かれているような政略的婚約なのだとしても。

 結局、ステラリアの胸にあるレイルへの気持ちは、ゆっくりと着実に大きく育っていくだけなのだ。




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