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婚約者のことが大大大好きな残念令息と知らんふりを決め込むことにした令嬢  作者: 綴つづか
本編

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15/32

15.嵐の前① ステラリア



「すまない、ステラリア嬢。理由は言えないし、無茶な願いだとわかっている。だが、何があっても、私のことを最後まで信じていてほしい」



 真剣な眼差しでそんな酷いことを呟いて、レイルは突然ステラリアの前から離れた。




* * *




 最終学年に上がって、数か月経った。王都を覆っていた寒波も、すっかり暖かな陽気に変わり、花壇の花々も土から顔を出し芽吹き始めている。

 そして、突然レイルがステラリアの傍に近寄らなくなって、およそ2か月。

 ただでさえ、学年が上がってクラスが分かれたのもあり、レイルとステラリアの接触は極端に減ったのに、ステラリアに妙なお願いを残してから、彼は常に王太子クリストファーの傍に侍るようになった。

 レイルは休み時間はクリストファーのところに行くし、昼食も共にしなくなった。不自然なくらい、学園ですれ違うこともない。会ったら会ったで、ぎこちなく視線を外される。放課後、城下に遊びに行こうという誘いもすっかりご無沙汰だし、休日など言わずもがな。

 社交の時期でなくて心底よかった。この調子では、エスコートすらも怪うかったかもしれない。


(レイル様が、足りないなあ……)


 レイルはクリストファーの側近候補だし、元々仲はよかったので、彼と共にあることに関しては気にしていない。卒業を間近に控え、未来の宰相としての仕事を本格的に任されているのだろうということは推測できる。

 ただ、頭ではわかっているものの、寂しいという気持ちは否めない。

 何故なら。

 ステラリアは、裏庭にそっと置かれているベンチに腰掛けたまま、ため息をついた。

 ここからだと、見事に整えられた美しい中央庭園に建っているガゼボを、遠目から見ることができるのだ。


 ――そこで談笑しているのは、今、学園を騒がせている存在。


 新入生のアイリ・キャンドラ男爵令嬢。

 そして、彼女を取り囲むようにして椅子に座す生徒会メンバーの男性たちの姿が目に入った。


 彗星の如く現れて、あらゆる貴族令息を虜にしていったと噂の少女は、男たちの中心で満ち足りたように笑っている。

 魅力的な女の子だなと、素直にステラリアも思う。

 ストロベリーブロンドの髪は緩くウェーブを描き、ラズベリーのような瞳は好奇心にキラキラと輝いている。身長は小さめだが身体つきは豊満で、アンバランスで妙な色気がある。

 元は平民育ちのためか、普段はマナーを放り投げるほどに無邪気なのに、時折控えめにはにかむギャップに射抜かれた令息たちは、すっかり彼女にメロメロなのだろう。貴族令嬢ではなかなか持てない愛嬌だ。

 逆に言えば、令嬢たちからは多大な反感を買ってしまい、目下、学園でのトラブルメイカーになっている。


 それもこれも、生徒会の男性陣までもがアイリの愛らしさの虜となり、婚約者の令嬢をほったらかして、彼女ばかりを構っているらしいせいだ。

 生徒会といえば、学園の花形。知力権力財力を取り揃えた子女が選ばれ在籍し、男女含めて8人で構成された組織で、生徒たちからの人気も高い。

 その一部のメンバーが、わき目もふらず、ガゼボにて1人の少女の争奪戦を、現在進行形で繰り広げているのだ。悪目立ちもするだろう。


「ううう……またかあ……」


 そんなアイリを囲む中心に、クリストファーと共にレイルがいるのを確認して、ステラリアは思わず唸りながら肩を落とした。

 それは、ここのところ、時折目にする光景だった。

 当然のことながら、王太子とその側近兼筆頭侯爵家嫡男は、生徒会に属している。二人は会長と副会長として、生徒たちの日々の安寧と平和を担っているはずだった。


 レイルはいつも通りの渋面ではあったものの、クリストファーは至極親しげな様子でアイリと喋っている。瞳を柔らかく細め、さながら愛しい者でも見つめるような眼差しで。

 アイリにとっても、王太子の覚えがめでたいのは満更でもないのだろう。この国の将来的な権力を約束され、財力もあり、何よりイケメンの王子様だ。長く濃い金髪を一つに結い、すらりとした佇まいは王族の気品を醸し、サファイアのような瞳で柔らかく見つめられたら、大抵の令嬢はイチコロになるはず。クリストファーの女性人気は、高かった。

 例にも漏れず、アイリもほうと感極まったため息をついて、桃色に染まった頬へ、恥ずかしげに手を当てている。

 そんなアイリの関心を引くべく、生徒会会計と書記が躍起になって話しかけている。彼らは確か、有力な侯爵家と伯爵家の子息だったはず。


 本人たちはただの友達だ、なんて言い訳をしているけれども、こんなことをどこかれ構わず繰り返していれば、権力者の子息オンパレード逆ハーレムの地獄絵図にしか映らないわけで。そりゃあ敵意の一つや二つや三つや四つ、買ってもおかしくない。

 それに、家によって定められた婚約者がいる子息がほとんどな中、いくら何でもこの状況はマズいだろう。

 実際、アイリは陰で嫌がらせを受けているとか何とか。もちろん、嫌がらせはいけない。けれども、嫌がらせをしたくなるほどやり場のない令嬢たちの気持ちも、わからないでもない。

 アイリに傾倒している令息とアイリをどうにかしたい令嬢たちの衝突もあり、学園は緊張感でピリピリしている。非常に空気が悪かった。


 とはいえ、大した力もないステラリアが、現状何かを打破できるわけでもない。こうして、たまたま遭遇してしまった現場を、少しだけ憂鬱な気分で見つめるくらいだ。

 そのまま踵を返したほうがよかったのだろうが、久しぶりにじっくりとレイルの姿を眺められるという誘惑に負けた。


「こんなところで覗き見? 淑女として、いささか趣味が悪いのではなくて?」

「……っ!?」


 すると、突如凛と澄み渡る声が、ステラリアに投げかけられた。

 はっとなって、視線を声の方へと流してみれば、反射的に目を見開いてしまった。

 そこに立っていたのは、燃えるような赤毛の艶やかな髪を先端だけ巻き、アメシストにも似た紫色の瞳を持つ美しい少女。

 野暮ったくなりがちな学園の制服ですらすらりと着こなし、指先の仕草一つですら洗練され麗しい。顎をわずかに上げ、強気な視線でステラリアを睥睨し、ツンと澄ました様子は、どこか猫を思わせた。


「ミルフィオーレ様……」


 彼女は公爵令嬢ミルフィオーレ・ヴァーミル。

 学園の中でも、『淑女の中の淑女』『気高き赤薔薇』と称されるほどに麗しく、成績優秀、魔力も豊富と誰からも一目置かれ、レイルと共に生徒会副会長に任命されている令嬢だった。




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