14.幕間 マクベス
側近と侍女による雑談
月に1度、ベーカー子爵家に女性が訪れるようになった。
普段のお仕着せを脱ぎ、楚々としたドレスを身にまとう彼女は、ジャスミン・セラ男爵令嬢。マクベスの主たるレイルの婚約者、ステラリア・ガルシア伯爵令嬢の侍女であり、マクベスの共犯者でもある。
幼い頃から、ステラリアの側仕えとしてイングラム侯爵家に訪れていたので、互いに顔は見知っている。挨拶も会話も、己の領分をわきまえ礼節をもって接していた。あくまでも主に従う側近と侍女という関係を、崩したことはなかった。
だから、今になってここまで急接近することになろうとは、思いもよらなかった。長い間秘していた、レイルの残念な姿がステラリアにバレたように、人生どこで何があるかわからない。
家が代々イングラム侯爵家に仕えているマクベスとは異なり、ジャスミンはステラリアに仕えたいと、何を思ったか幼少のみぎりに伯爵家に突撃したという異色の経歴を持つ侍女だ。
その妙な熱意がツボに入ったらしい伯爵に気に入られ、行儀見習いとして取り立てられた彼女は非常に優秀で、今ではなくてはならない存在としてステラリアを影に日向に支えている。
明るく気が利き、隙の無い身のこなしで、きっちり空気を読む。主であるステラリアが間違えば、きちんと叱る姉のような存在だとレイル経由で耳にしている。
実際、主の側に控えるに当たり、彼女の隣に立っても沈黙ですら居心地が良い。
マクベスの一つ上だったか。大して変わらぬはずなのに、歳に似合わずどこか落ち着いた大人の顔を見せるジャスミンに、マクベスはどきりとする。
応接室のソファに腰かけたジャスミンは、赤みがかった茶髪を揺らして、瞳をゆるりと細めた。
「頬への口づけが初めてとか、聞いていないのですが」
にこやかな笑顔なのに、ゴゴゴゴゴとほとばしる妙な圧力を感じて正直恐い。深い琥珀色をした瞳は、笑っていなかった。マクベスが悪いわけではないのに、この理不尽さ。
しかし、事実マクベスもそれはないと思ったので、ジャスミンのお怒りももっともだ。
そんな内心を押し隠して、マクベスは平然と笑みを返した。イングラム侯爵家嫡男の従者として、恥ずかしい姿を晒すわけにはいかないのだ。
「それに関しては、ヘタれな主の不徳の致すところで……」
「婚約者同士なのですから、多少の触れ合いも必要かと愚考致しますが……。レイル様、いくら何でもピュアすぎませんか?」
「ピュアっピュアです。私も驚きましたよ。どうやら、ステラリア嬢を大事に思うあまり、結婚するまでは……という考えのようで、めちゃくちゃ我慢していらっしゃるご様子」
「うあっ! 頭硬い! でも、我慢しすぎて逆にお嬢様を不安にさせちゃうとか、それでこそレイル様!!」
そこは別に褒められるようなところではないと思うのだが。マクベスにはイマイチ感覚がよくわからない。
ジャスミンは、頭を抱えてうぐぐぐと唸っている。唸っているにもかかわらず、どこか楽しそうだ。
おかしいなあ。この侍女も、若干レイルと同類に近い匂いがする。先ほどまでの清楚で凛とした雰囲気は、どこにいってしまったのか。
彼女はマクベスと二人きりになると、随分と気安い表情を出すようになった。共犯者という関係性がなせる業だろうか。
レイルの残念っぷりを話す間柄になってからというもの、彼女が時折発する鋭いツッコミがあまりに見事で、幾度となく賛同の拍手を送ってしまっているのだから、根本が似たもの同士なのかもしれない。
侍女然として取り澄ました表情よりも、ちょっとおかしくもありつつも、素の姿を見せてくれる彼女の方が好感が持てる。
「とはいえ、さすがに焦れったすぎて、私ちょっとあの二人やらしい雰囲気にしてくる! って何度走り出したくなったことか……」
「ふは、何ですかその喩え。でも、気持ちはよーくわかります。私もどれだけレイル様の背中をどつこうかと……」
「やはりマクベス様もですか! 傍から見ていてこじれているのではと心配していましたが、怪我の功名といいますか、今は少しずつ歩み寄っているようで何よりです。お嬢様も楽しそうですわ」
「ええ。まさか主のベッドローリングが、お二方の関係改善の糸口になるとは思いませんでしたね。レイル様をあれほどまでに変えられるのは、後にも先にもステラリア様しかいらっしゃいませんから」
「……そこまでなんです?」
マクベスの言い草に、ジャスミンがきょとんと目を瞬かせた。
幼少の頃からあの二人を見ているであろうジャスミンでさえ、レイルの本質を見誤っているのが面白い。
マクベスは口角を上げた。
「万が一にもステラリア様に振られたら、レイル様は生きた屍になるかと。クリストファー殿下の御代にも、大きく影響が出ること必至……」
「次期宰相が失恋で使い物にならなくなってしまい崩壊する国政……」
「冗談ではありませんよ。それほどまでに、レイル様はステラリア様のことを深く想っていらっしゃるのです」
「……お嬢様は幸せですね」
つまるところ、ベッドローリングが、国の未来を救ったといっても過言ではない。
たまには主の奇行も良い働きをするものだと、マクベスはうんうん頷く。
が、そもそもレイルが素直に気持ちを吐き出していれば、変な不安をステラリアに与えずに済んだ話だし、ベットローリングもしなくてよかったはずだ。因果が逆転している。
ジャスミンはベーカー家の使用人が淹れた紅茶を口にしながら、ほうと息を吐く。どうやら、紅茶は彼女のお気に召したようだ。
「もう、側仕えをこんなにもハラハラさせて、振り回して、お互い好き合っているのに、本当不器用で可愛らしい方たち」
「だが、我らが主たちらしい。幸せになっていただきたいですね」
「ええ、焦れったさも恋愛の一興です。私たちばっかり焦らしてどうするんだ! って話ですが。不謹慎ですけれど、それが少し楽しくもあるんですよね……」
「あはは、確かに! まあ、いずれ結婚してしまえば、レイル様のタガも外れて、イチャイチャされるでしょう、多分、多分……」
「側近ですら、自信をもって断言できないところがレイル様……。でも、甘酸っぱい距離感の学生時代なんて、一度きりしかないのですから、存分に満喫していただきましょう。ああ、こんなことなら、私も学園に通えばよかったです」
頬に手を当てて、ジャスミンが少しだけ哀し気に嘆息する。
王立学園に通う通わないの判断は、貴族ごとに異なる。学園は社交界の縮図でもあるので、レイルのように特段学ぶ必要がなくとも通う貴族は多い(なお、レイルの場合、ステラリアが通うとわかるや否や、自らも入学を決めた)。
ただ、入学にはそれなりの資金が必要になるので、下級貴族では手が届かないこともある。「侍女長の元で勉強して、ステラリア様付きの侍女を極めたいと思います!」と入学を固辞したらしいジャスミンは、ある意味ぶれない。
マクベスは、イングラム侯爵家の支援もあり、無表情なレイルのフォロー役も兼ねて通わせてもらっている。そのため、本来マクベスは一つ年上だが、レイルと同じ学年にいる。
「そうですね、私としても残念です。せっかく、こうしてジャスミン嬢と仲良くなれましたから、制服に袖を通している貴女も拝見してみたかった」
「ま。マクベス様ったら、お上手ですこと」
互いに顔を見合わせてふふ、と笑い合う。
自分たちの主人を大切に思うのがありありとわかるからこそ、他愛のない言葉を交わし、側近と侍女はともすれば戦友のような気持ちを抱く。
紅茶の芳しい香りが漂い歓談する、穏やかな空間。
レイルの残念な様子を横流しするための密会は当初どんなことになるやらとハラハラしていたものの、ステラリアがそれを望んでいるし、あからさまに普段の言葉が足りないレイルの本心をサポートできて、双方に利しかない。
バレたらバレたで、レイルを愛しているのがよくわかるステラリアだ、その優しさで包み込んでくれるだろう。
罪悪感が全くないとは言わないが、さほど心配もしていない。ちょーっとレイルが恥ずかしくなるだけだ。多分。その辺、ステラリアが上手く取りなしてくれると、マクベスは期待している。
互いに長らく主と苦楽を共にやきもきしてきたから、通じるところのあるジャスミンとの会話も弾む。いつの間にやらマクベスにとっても、待ち遠しい楽しいひと時になっている。
こうして、互いの主のあずかり知らぬところで、側近と侍女はおのおの主人の幸せを願い、密談も兼ねた交流を重ねるのであった。
* * *
「……そういえば、マクベス」
「はい、何でしょう。レイル様」
「お前、ステラの侍女のジャスミン嬢と、密かにお付き合いをしているのだとか? 家にも頻繁に呼んでいて、家族公認の仲だと噂になっているぞ。なのに、俺に黙っているとは、水臭いな」
「へあっ!? ちょ、誤解ですよー!? 色々ありまして、交流する機会に恵まれただけで……。いや、確かにジャスミン嬢は素敵ですし、一緒にいて楽しい女性ではありますが、決してそういう関係では……彼女にも失礼ですよ」
「? 別にそう焦って言い訳せずともいいのでは。セラ男爵家ならベーカー家とも家格が釣り合うし、何の問題もないだろう。ジャスミン嬢を気に入っているなら、気に入っていると素直に言えばいいだけなのに、お前、案外面倒くさかったんだな」
「おっ、お前だけには言われたくないわー!!!」
呆れ混じりのレイルの物言いに、マクベスは全力でキレた。
元はと言えば誰のせいだ誰の、とは声を大にして言えないのが従者の辛いところ。
とはいえ、交際をしているわけではないが、個人的にジャスミンと会っているのは間違いなく、かといって下手に噂を否定をすれば追及されかねない。
マクベスが、完全に逢瀬と誤解された密会について誤魔化すのに苦労したのは、またのちの話である。
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