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婚約者のことが大大大好きな残念令息と知らんふりを決め込むことにした令嬢  作者: 綴つづか
本編

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10/32

10.勉強会② レイル



「思わぬ展開になりましたね」

「ふふふ。でも、みんなで協力しての試験勉強、凄く楽しかったです」

「確かに、効率は悪くなかった。だいぶ、みんなの成果もでましたしね」


 すっかり日も暮れかけて、宵闇が辺りを包み始めている。

 何だかんだ勉強会が有意義に捗ってしまい、閉門ギリギリまで学園に残ってしまった。慌てて会を解散したが、身にまとう心地よい疲れに、馬車止めまで歩く二人の足取りは軽い。


 学習効果は想像以上に高く、試験まで勉強会を続ければクラスの平均点もぐんと上がるのではないかともっぱらの評判だ。事実、明日もできればやりたいという声は続出した。ステラリアもそれに賛同していたので、毎日は無理にしても試験までの間、時折開催できればという話に落ち着いた。

 ステラリアとの自習空間が、ものの数時間で泡と消えてしまった。まさか自分の優秀さが、返って仇になってしまうとは。とほほとレイルはひっそり肩を落とした。

 ステラリアに親切にして、いいところを見せたかった彼にとっては、とばっちりみたいな流れである。やはり下心を持ったのが悪かったか。しかし、これもまた貴族の務め、ステラリアも喜んでいると言い聞かせ、滂沱の涙を拭っている。


 ガルシア家がよこした迎えの馬車への乗車に手を貸すと、タラップに体重を乗せたステラリアが、ついとレイルを見た。高さが出たため同じくらいの視線になって、彼女の淡く美しいペリドットの瞳に自分が映る。


「レイル様には負担があるでしょうけれども、本当にありがとうございました。私もとても勉強になりましたし、何よりクラスメイトにてきぱきと指示を出して、優しく手を差し伸べるレイル様、凄く格好良かった……です。お疲れ様でした」


 レイルの金色の髪に彼女の掌がかかり、優しく撫でられる。ぱっと手を離した彼女は、ほのかに頬を朱に染め、ふにゃりとはにかんだ。

 そんな可愛い彼女に手放しで褒められ、あまつさえ頭をよしよしされ、心が浮き立ち。

 どうにかなりそうなくらい、愛しさが募って。

 ――レイルにしては、珍しく魔が差した。

 楽しくも慣れない他人との交流に、心がいささか疲れていたのかもしれない。

 ステラリアの前では完璧であれと律していたレイルの理性が瞬時に崩れ、その隙を感情が凌駕した。


「……ご褒美が、欲しいな」

「え?」


 きょとんと目を丸くしたステラリアの頬に、ごく自然な動作で唇を落とす。触れた彼女の頬はもちもちと柔らかく温かく、レイルをたまらない気持ちにさせた。

 彼女の瞳が更に大きく見開かれ、指先を当てた白い肌が、見る見る間に熱と赤を灯す。

 一瞬一瞬がまるでスローモーションのようにゆっくり映り、レイルの胸を震わせた。


 離れがたくてたまらないが、とうの昔に頃合いは過ぎ去っている。

 名残惜しさを押し殺して、レイルは支えていた手を中にいた侍女に引き渡し、ステラリアを馬車に押し込めた。


「お気をつけて、ステラリア嬢。また明日」


 ああ、ステラリアのあの照れた表情だけで、報われたし、疲れも一気に吹っ飛んだ。

 動揺を綺麗に隠し、レイルは珍しくにこりと余裕の笑みを浮かべ、静かに馬車のドアを閉めた。




* * *




「レイル様にしては、珍しく頑張りましたね……! 婚約後、初めてじゃないですか、頬へのキスだなんて……!? いや、正直それもどうなんだ!?」


 ごとごとと侯爵邸への道を進む馬車の中で、興奮も露わなマクベスとはうらはらに、レイルは俯いたまま、珍しく表情を赤くしたり蒼くしたり忙しない。

 キス。

 ステラリアに、キスをしてしまった……。

 自分の理性の脆さを恨めしく思う反面、ステラリアの肌の感触を、感情ではかみしめまくっている。

 レイルもれっきとした男である。好きな子に触れられて、嬉しいという素直な気持ちは抑えようもない。

 が、はっとなってレイルは、抱えていた頭を勢いよく上げた。


「……ってか、大丈夫だった!? 衝動的にキっ、キスなんかしてしまって、ステラに気持ち悪いって思われなかったか!?」

「えぇ……キスくらいで何言ってんですか。そもそも婚約者同士ですし(ステラリア様も主のこと大好きですし)、ベッドローリングしてる普段の主のほうが、よっぽど気持ち悪いから問題ないです。それに、世の中、顔がよければ、大概のハードルは下がりますので……。良かったですね、最高級の顔でこの世に生を受けて。奥方様に感謝せねば」

「言い方ァ……!」


 マクベスは、笑顔で容赦なくぐさぐさと抉ってくる。

 自分で自分のとった無意識の行動に呆然とはしたものの、よくよく考えれば、確かにマクベスの言う通りなのだ。

 ステラリアは驚いてはいたけれども、レイルからのキスに嫌悪感を表していたわけじゃない。

 むしろ、若干どう反応していいのかと困った感じに眉根が下がり、潤みかけた美しい彼女の瞳を脳裏に描き、レイルは無性にソワソワした。反応は悪くなかった。赤に染まった頬が林檎のように可愛くて、食べてしまいたいな、もっと困らせたいな、泣かせてみたいなんてと、欲望を抱くほどには。

 じとりとした半眼のマクベスの視線を受けて、レイルはコホンと咳払いをする。……脱線した。


「……で? どうでした? ステラリア様とのキス」


 途端に揶揄い気味に表情をにやつかせるマクベスに、レイルはぐうっと喉を鳴らして深呼吸を繰り返した。

 宰相相手ですら対等なやり取りをできる優秀な少年が、ここではただの恋する哀れな男でしかない。


「う、うるさい……や、柔らかくていい匂いがした……はぁ、好き……絶対に幸せにするって誓う……」

「そこでどうして純情発揮するんです!?!? はー!? まだ唇にキスすらもしてないのに、先が思いやられる!!」

「いや、もう胸がいっぱいで……動悸が凄くて死にそう。心臓ばっくばく……」

「あのくらいで……。頼みますから、今日を主の命日にしないでくださいね。まだまだこの先、心臓ぶち壊しかねないイベント目白押しなんですからね!?」

「はぁあ……ステラが婚約者になって以来、俺の人生も捨てたものじゃないなと感慨深くなってはいたが、最近特にステラが甘えてくれて、世界一可愛く笑ってくれるから、そろそろ人生のボーナスステージに入ったのかもしれない……俺、そろそろ死ぬのかな???? いやいやまだ結婚してないのに、ステラを未亡人にするわけには……!!」

「案外余裕あるな、この人。結婚してないんだから、未亡人も何もありませんって」

「というか……ステラに心境の変化でもあったのか。それが可愛さの中に凛々しさを引き立てて、ただでさえ可愛いのにますます綺麗になって、全人類の視線を集め兼ねない姿に俺はどうしたらいいのか……。それでも今俺は、世界に、神に感謝している……! ステラが毎日可愛くてありがとう世界、神々よ!」

「だんだん、感謝の規模がでかくなってきましたね。てか、狭い馬車の座椅子の上でまでローリングしないでくださいよ。無駄に器用すぎませんか、レイル様」

「ほっとけ! 今なら徹夜でステラ愛を語れる!」

「私を巻き込まないでくださいね!!」


 両手を組んで神への祈りを捧げつつ、身を左右に捻って座椅子の上でぐりぐり悶えてステラリア愛を発露させていたら、さすがにどうどうとマクベスに窘められた。

 なお、防音魔法はかかっているから会話は届かないものの、やたらと振動するキャビンに、邸宅に到着後馭者が心配してきた話は、内密にステラリアへとつつ抜けたのはここだけの話である。

 たぎるパッションの発散先がわからず、自室にたどり着くまで、レイルはしばらく悶々とした時間を過ごす羽目になるのだった。




 こうしてやんややんやと、男子らしく好きな女子の話題で盛り上がったあくる日の朝。

 登校してきたステラリアが少しだけ恥ずかしげに、でも今までで最高のとにかく可愛い笑顔を朝の挨拶と共に見せてくれたから。

 嫌われていないとほっと胸を撫でおろしたレイルは、心の中で盛大な喝采を上げた。



 我が人生に一片の悔いなし!!





 その後、マクベスの言葉を真に受けたレイルが、最高級の顔に産んでくれてありがとうという意味を込めて、両親に感謝の贈り物攻撃をするのだが、両親としても突如息子から何でもない日にプレゼントを贈られるのかわからず、目を白黒させたという。




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