⒏音海雫、「……好き」ってこれが噂の恋ってヤツですか?
「雫? 雫ったら!」
ゆりに激しく揺り動かされて現実に引き戻される。
「ご、ごめん。またボーッとしちゃった」
「もう、今日ずっとおかしいよ?」
まったく!と腕組みしながらも何かを悟った目をしてる。
「コメント欄開いたんだ」
「えっ? 見たの?」
びくっとした。
あのやり取り見られてたら、たとえゆりでも恥ずかしくて死ぬ!
「見てるわけないでしょ。喜怒哀楽普段ほとんどない雫が、今日は朝から魂抜かれた様な顔してるんだから、明らかに何かあったのは流石にわかるわよ。昨日コメント欄の話してたばっかりだし」
なんでもお見通しってわけね。
さすが付き合い長い大親友。
「ゆりの言う通り。完全に……助さんと一つになっちゃった」
ムフフ……思い出し笑いが止まらない。
「ひ、ひとつ?! どう言う事?」
私よりかぁっと顔を赤めて両頬を手で覆う。
「違う違う! なんか変な想像してない?」
「わ、わかってるよ! もう、話端折りすぎだって!」
ゆりは慌てながら無実と言わんばかりに目の前で手をブンブンふっている。
昨日の夜、完成まで楽しみにしようと早めに布団に入って寝ようと思ったんだけど、助さんとの初めてのやり取りに興奮してなかなか寝付けず……
何遍も何遍も残っているコメントでの会話を読み返してはニヤついて、彼の歌ったお気に入りの曲を聞き返してを果てしなく繰り返していた。
そうしているうちに例の曲の新着が目に飛び込んで来て……
時計を見たら0時を回っていた。
(こんな時間まで歌ってくれてたの?)
その気持ちも嬉しくて、急いで再生した。
私のソロから始まって、その後を追うように彼の声が聴こえてきた。
毎日毎日聴いてきた甘い声。
私と会話をするかの様に優しく寄り添ってくれている。
サビに入った途端、全身に鳥肌が立った。
飽きるくらいに何度も聴いてる自分の声が別モノの様に感じる。
出過ぎす、見守って、支えてくれる様な助さんのハモリが私の声を包み込む。
(こんな……こんな綺麗な音がこの世にあったんだ……)
自分の声を自画自賛するつもりはないんだけど、あまりにも彼の声と自分の声がピッタリ重なり一体化していて……
泣けた。
ボロボロと嬉しいのか、楽しいのか、感動なのか、自分じゃ判断できない感情がぐるぐると身体中を駆け巡って、勝手に目から大粒の涙が流れ落ちていた。
『好き……』
心が叫ぶ。
好きってこんな息がとまりそうな感情なのかな?
これが恋なのかな?
わかんない。
わかんないけど、自分と助さんがニコイチになった感覚は、今まで感じたことのない幸福感と充実感で私の全てを埋め尽くした。
(も、もう一回……)
すぐさまリピートした。
みるみる『いいね』の数が増えていく。
聴くのに夢中になりすぎていて、助さんのコメント欄を全然見ていなかった。
『憧れのここねさんと初コラボです。感無量!』
そう一言、最初に置かれた助さんの言葉が目に入った。
その後、この曲を聴いてくれた人たちのコメントがずらりと並ぶ。
『初めて聴かせていただきました。素晴らしいです!』
『助さんもお相手の方も本当に素敵』
『コラボの相性良すぎてやきもち〜! でも最高!』
私と助さんの声をたくさんの人が受け入れてくれている、それが嬉しくて。
一度も助さんのコメ欄に書いたことがなかったけど……
『助さん、嬉しすぎて泣きました。本当にありがとう』
いっぱいになった頭からやっとの思いで絞り出した言葉を送った。
「なるほど、そういう意味のひとつね」
ゆりがホッとした顔で私を見た。
「当たり前でしょ! 何考えてんのよ、ふしだらな」
「ふしだら? そんな事言ってる雫がやらしいでしょうが!」
そう言い合いながらも、私の前進を心から喜んでくれてるゆりと笑い合う。
「ねぇ、これを機に助さんの情報聞き出してみたら? 意外と近くに住んでるのかもしれないし」
「それはない。助さんの過去コメ覗いたとき、九州住みって見かけたもん」
そう、助さんが気になってコメ欄も毎回欠かさず目を通していた。
そこから得られた情報は九州住みだって事だけ。
フォロワーさんから個人情報的な質問も結構されてたけど、なんだかんだで上手く濁して結局真相はわからない。
「九州かぁ……そりゃ遠いな」
「でしょ?」
「まぁ、ワンチャン遠恋アリって考えたとしても、相手の歳とかも分かんないんでしょ?」
「……うん」
あれだけ質問されても濁してきてるんだから、私が問いかけたところでどこまで教えてくれるか……
コメント欄はみんなに見えちゃう場所だしね。
「30歳とか40歳とかじゃちよっと厳しいんじゃない? いや、ちょっとどころじゃないな」
「……別に……見た目なんてどうだっていいけど」
私は助さんの歌声が好きなんだもん。
「雫、目を覚ましてよ! 相手は若い子の方がいいに決まってんだから、ちゃんとそこは確認した方がいいって」
ゆりの真剣な顔にたじろぐ私。
「そもそもネット恋愛と一緒でしょ? 私はリアルの恋愛も初心者な雫を心配して言ってんだよ? 騙されたりしてない?」
「してないよっ!!」
別にネット恋愛だなんて感覚ないし、流石にそれは私でも怒るよ!
「ごめん、怒るの分かってて言ってる。分かってるけど本当に気をつけてね。もうこういう事言ったりしないから」
「……うん。私もごめん、大きい声出して。少し冷静になって助さんの事聞ける範囲で聞いてみる」
「雫ぅ!! 幸せになってよ!」
ゆりがぎゅーっと私を抱きしめてくれた。
教室に着くと隣で顔が緩みまくってる来栖君の姿。
「どうしたの? 今日は昨日と別人みたいだね」
コロコロ表情の変わる人だなぁ。
「あ、分かっちゃった? さすが音海さん」
「なに? 気持ち悪なぁ」
よっぽど嬉しい事あったのかな。
バックに花が咲き乱れてるよ?
「俺さぁ、今めちゃくちゃ幸せなんだよ」
そう言いながらまたニマニマ。
「………? なんだかわかんないけどよかったね。私も今日生まれて初めてくらいに幸福な日だから、来栖君の幸せも素直に喜べるわ」
「そう? じゃ、俺も音海さんの幸せ一緒に喜ぶ」
「ふふ、ありがと! じゃあお互いの幸せを祝して、ハイ、これあげる!」
私は来栖君の机の上にイチゴのアメを一粒置いた。
そんな私をびっくりした様な顔で見つめてくるほど、顔が綻びすぎて気味悪くみえたかな?
「イチゴって……恋の味しそうじゃない?」
後から思えば何恥ずかしい事平気で言っちゃってんだろ、私。
「……そうだな」
来栖君はそう言ってクスッと笑い、置いたアメを大切そうに握りしめた。