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⒎来栖彗、精魂尽き果てる。

『返信遅くなってごめんなさい。助さんの歌、私大好きで毎日楽しみに聴かせてもらってました。尊敬してた方からコメント頂けて、どう返せばいいのか考えすぎてしまって……いつも感動をありがとうございます』


 初めて目にした時は、嬉しくて飛び上がったよ。


 ここねさんからのコメントに気が付いたのは、予備校が終わって自宅に帰り着いた後だった。

 珍しく父さんが家に帰ってきていて、近況報告したりしていたので、なかなかスマホのチェックが出来なかったのもある。

 

 音海さんの言葉に励まされて一度は気を取り直したものの、一向にここねさんからなんの音沙汰もない通知欄を見るたびに気持ちが落ち込んで、帰り道はすっかり開く元気がなくなっていたのだ。


 彼女からの返信を見た瞬間、『待ってました!』の如く指が高速でスマホの上を滑った。


『すっごい嬉しいです。僕も同じこと思ってたから。よかったら、今度一緒にコラボしてもらえませんか? 返事は急がないので、検討してくださったら嬉しいです!』


 ずっと思ってた。

 彼女と、もしコンタクトを取れる日が来たら絶対にコラボしたいって。


『いいですよ、是非!』

 可愛く笑ってる絵文字と共にすぐさま返信が来た。


 最初のコメントの時と今回と、明らかに違う返信の速度に、ほんの少し彼女との距離が縮まった気がして、俺は本当に浮かれていた。


 自分の部屋の扉を叩かれて、廊下で父さんが何かを話しているが、俺はそんなの気にせず彼女の今日上がった曲を隅から隅まで取りこぼさないように大音量で聴いていた。


「彗! いいんだな、さっきの話」

 父さんが痺れを切らして部屋に入ってくる。

 俺はここねさんとの時間を邪魔されたくない。

 何を言っているのかちゃんと聞こえなかったが、面倒だったので『はいはい』とダルさを最大に表現して首を縦に振る。

「じゃ、相手の方には伝えとくから」

 ボソボソ言ってる父さんの口元を見ながら、たまに顔合わせたからって、どうせまた大した事ない話を父親面して威張ってんだろうと、俺は『分かった!』と分かりもしない話を無意識に了承していたのだ。


 これを死ぬほど後悔するのはまだ先の話だが。


 父さんが部屋を出ていったのを確認して、ここねさんに返信する。


『昨日のここねさんが上げてた曲、僕被せていいですか?』

『もちろん』

『では、いつでもいいんで女性パートだけ先投稿してくれますか? 僕、その音源にコラボして完成したやつ自分のアカウントでアップするんで! 出来上がったら是非聞きに来てください』

『じゃ、すぐに女性パートあげますね』


(チャットなんじゃない? このコメ欄!)

 きっとそのやり取りを覗いていた人が居たら、そう思ったはずだ。

 会話をしてるかの様にポンポンと進んでいく会話の世界は、俺には夢でも見てるんじゃないかってくらい甘くてふわふわ舞い上がりそうな時間だった。


 今日はこれで彼女との関係が、大きく前進した。

 近い未来にあんなに念願だった彼女とコラボができる。

 自分の耳の中で、ここねさんと自分の声が重なるんだぞ??

 おい、信じられるか? 自分??


 誰が見ても今の俺の顔は締まりがなくて気持ち悪いだろう。

 でも止まんないんだ。

 ニヤニヤも、弾みまくってる心臓も。

 自分の人生の中でこんなに幸せな瞬間があるなんて!

 生い立ちを呪ってやりたいって思った時もあったけど、生まれて初めて神様に感謝した。


『今女性パートの音源、上げましたよ』


 すっかり緊張が解けてヘラヘラしてた俺は、ここねさんからの新着メッセージに固まった。

(え? もう?)

 さっき一緒に歌おうって話してからまだ10分しか経ってないぞ?

 まさかの一発録り?


 恐る恐る彼女の曲を再生する。

「………!! 最高すぎるでしょ? なんでこんな短時間にこの完成度?!」

 ずっと憧れてた声。

 その声に重なったら……どうなる? 俺?


 やべぇ、息荒くなってきた。

 緊張って言うか、興奮? 高揚?

 とりあえず、直ぐにでも一緒に歌いたい!!


 Aメロは節ごとにソロを交互に……

 あぁ、綺麗な声だ……

 自分の歌う番を忘れちまいそう。


 一気に声量アップしてサビに突入する。

 大きく盛大なハーモニーが自分の声と、儚く美しいのにしっかりと厚みもある高音に絡み、この世のものとは思えない景色が見えてきて魂が持っていかれそうになる。


 自分の声がハモる事で、もし彼女の声の輝きを増し増しに出来るなら、俺は命を削るほどの精神力を使って彼女の歌を引き立たせたい。


 何度か歌っているうちにそんな思いになっていた。


 彼女の一番の引き立て役になれたら……

 他の誰よりも、この二人のコラボが一番いいって言われたい!

 『やっぱり私には助さんしかいない』って彼女に言われたい!!


 何度も録り直し、自分の納得いく一曲にやっとできた。


(気に入ってもらえるだろうか……)

 緊張しながら投稿ボタンを押す。


(ここねさん、もう寝ちゃったかな……)

 丸々一時間、こんなに真剣に歌を歌った事が今まであっただろうか?

 精魂尽き果てて、俺はベットの上に崩れ落ちた。


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