6.音海雫と来栖彗の昼休み。
「おい! 音海、遅刻だぞ」
やっぱり間に合わなかった。
途中考え込んじゃって一駅乗り過ごした。
「すみません……」
クラスでは目立たないように気配を消して生活してたのに。
ここに来てこんな形でクラスメイトの視線を浴びるなんてキツい!
トボトボと自分の机に向かってちょこんと席に着く。
ふと隣を見ると、昨日より明らかに顔色の悪い来栖君が机の下でスマホをゴソゴソ弄っていた。
(どうしたんだろう?)
転校2日目で何かトラブルでもあったのかな?
人当たりも良さそうだし、そんな誰かに反感買うような人には見えないけどな。
一限目は担任の授業だったのでSHRの後そのままなだれ込むように授業に入ってしまい、会話が出来ず、次の休み時間。
昨日と同じ来栖君の周りに黒い人だかりがデジャブした。
(なんだ、心配するほどの事じゃなかったわね)
ちょっとホッとしながら自分もスマホと睨めっこする。
相変わらず助さんへの返信が出来ていない。
正直来栖君の事より自分の事で精一杯。
頭の中を返信の例文が駆け巡る。
その時だ。
「ちょっと!! みんないい加減にしなさいよ! 来栖君、昨日転校してきたばっかりなんだからそんなに質問責めにしたら可哀想でしょ?」
学級委員、秋森朋花の一言で、来栖君にたかっていた女子達は蜘蛛の子散らすように去っていく。
ある時は鬱陶しいほど味方、ある時は掌返しに敵と見做され攻撃してくる彼女を実はみんな恐れている。
頭もいいし、美人だし、人脈もあるし、先生とも仲がいい彼女には誰も太刀打ちなど出来ないから言われるがままにするしか無いのだ。
(私は出来るだけ関わりたくないわ)
そう思いながら、来栖君と秋森さんのコソコソ話に聞き耳を立ててしまう自分が悩ましい。
「来栖君、転校してきたばっかりで色々大変だろうし、隣の案内係も任せておくにはどうも心配だし、何かあったらいつでも連絡して」
彼女はポケットから小さいメモを来栖君の手の中に置いた。
「……別にいらないけど」
「保険だと思って、ね!」
そう言ってチャイムと同時に彼女は自分の席の方へくるりと向きを変えた。
(なんか……もやもやすんな……)
さっきまで助さんの返信の事で頭がいっぱいだったのに。
だって案内係は私なんだから!
そうよ、ちゃんと仕事しなかったからもやもやしてんのよ、私は!
「何スマホ睨みつけてんの?」
隣からこっそり私のスマホを覗き込もうと影が見えた。
「いやぁぁ!!」
この『はぴそん』のページ、見られたら死ぬぅ!!
全力でスマホに覆いかぶさる。
「コラ、音海!! 休み時間は終わったぞ!!」
二限目の英語の先生にまで怒られた……
隣で嬉しそうにクスクスと来栖君が笑ってる。
「……何よ! 人の不幸を楽しまないでよ。急に覗き込んできた来栖君のせいだからね!」
全力の小声で文句を言った。
「……ごめんごめん。いい反応だったからさ、堪んなくて」
目に涙を浮かべるほど笑いを堪えているようだ。
なによ、普通に元気じゃない。
視界に大きな手がスッと入ってきて、机に小さなメモが静かに置かれた。
送り主の顔を見ると『開いて』と両手をパッカリ広げてジェスチャー。
『お詫びにジュース奢るから、昼休み今度こそ学校案内して』
来栖君は顔の前で両手を合わせてウインクしている。
ふぅとわざとらしくため息つきながらも、メモの下に『わかった』と一言書いて来栖君に戻す。
男の子とこんなやりとり初めてで、ちょっと嬉しかったりもする。
私たちは自分達だけが見える位置で親指を立てて交渉成立を確認しあった。
昼休み。
お互いに朝からどうも調子がおかしいことは、それとなく気がついてはいた。
でも、そこにあえて触れようとせず、美術室、音楽室、保健室など、よく使いそうな場所を淡々と周り最後中庭で休憩した。
途中渡り廊下の自販機で来栖君に奢ってもらったアイスティを片手にベンチに腰掛ける。
ほんのりと秋の匂いのする澄んだ風が心地よく二人の間を吹き抜けた。
「ねぇ、なんかあった?」
ぼーっと空を見上げてる来栖君を見たらポロッと口から思った言葉が出てしまった。
「う、うん? なんか? なんで?」
一瞬ハッとしたような顔を隠すようにチラッと私を見て俯いた。
「朝から顔色悪いし、明らか昨日と様子違うじゃん」
しばらく沈黙が続く。
やっぱり聞いちゃいけないこと、聞いちゃったんだろうか?
私、人と話さなすぎて、相手の気持ちを察することすらできなくなったったのかな。
「ごめんね、忘れて! そろそろ行こうか」
居た堪れなくなってすくっと立ち上がった。
「……なぁ、SNSとかでさ、他の子みんな返信来てるのに自分だけ何にも返されないって、どう言う意味だと思う?」
私の動きを止めるように、来栖くんが急に質問を投げかけてくる。
ドキッとした。
これ今自分がやっちゃってる事、まんまじゃない?
「な、何かしらの意味はあるんじゃないかな? その……すぐ答えられない意味、とか?」
そうだよね、自分だけ返信ないって、変に勘ぐりたくもなっちゃうよね。
助さんもそんなふうに思ってたら……やだな。
「例えば?」
来栖君はまだ下を向いたまんまだ。
「えと……丁寧に返信したい人だったりとか、いつも気になってる人からのコメントもらって嬉しくてパニックになっちゃってるとか……」
なワケないでしょ!
初めてやり取りする人とは限らないし。
全部自分の事じゃない。
やだ、変な汗出てきた……!
「ハハ……やけに具体的だな。プラス思考でいいね」
力無く笑ってやっとこっちを見る。
「相手のことが嫌いだからってのは? 音海さんならあり得る?」
不安の影が具現化するんじゃないかってほど肩を落とした。
相当相手の人に嫌われたくないんだろうな。
それが来栖君の好きな人だって……想像するのは簡単だった。
そんな悲しそうな顔しないでよ。
どう答えるのが正解か困るじゃない。
「嫌いなら……一人だけ返信しないとか、そんなあからさまに感じ悪い事、私ならしないかな」
今の私がそうだから。
「ふうん……そんなもん?」
「うん、そんなもんよ」
みるみる表情に血色が戻ってくる。
今まで死相は一体どこに??
本当に大好きなんだね、相手の人が。
誰かなんて野暮な事、聞いたりしないから。
「きっとそのうち返信来るよ。大丈夫」
そう言いながら、なんだか心が痛んだ。
私もこうして助さんを嫌な気持ちにさせてるかもしれないのに。
「よーし!! 元気に教室戻るか!」
中庭に差し込む太陽を浴びながらグーッと伸びをした来栖君の姿がキラキラ光っていた。
そんな彼に思わず見惚れながらも、私はポケットのスマホをギュッと握りしめた。