50.音海雫に見える未来。
桔平と秋森さんが暖めてくれた会場は、私と彗の名前が出ると想像以上にヒートアップした。
観客席から舞台の両脇に付いている階段を彗に引かれてゆっくりと上がる。
振り返るのが怖い。
沢山の人の目が、また私の心をナイフのように突き刺すんじゃないだろうか……
体中に力が入って彗の手をぎゅっと握る。
舞台に上がりきった彗は人目なんか気にすることなく突然お姫様抱っこをして中央に向かう。
でもよく見ると、口を真一文字に結んで頬が真っ赤?
もしかしたら私よりも恥ずかしいのかな?
自分だけじゃない……そんな変な連帯感に守られた気がして急に心が和んだ。
「彗、もう大丈夫だから」
じっと彼の目を見て私は覚悟した。
「あいつらに負けてらんないだろ? 俺は雫が最高の彼女で最高のパートナーだってみんなに見せびらかせたい」
桔平と秋森さんのステージを意識してるのかな……
私を下ろして目線を合わすように腰を落としながら話した。
「音源はないから、このままアカペラで『風鈴』歌おうぜ」
くしゃくしゃと私の頭を撫でる。
「あの曲なら誰にも負けないよね」
彗と最初にコラボした曲。
旋律に乗った私達の声を思い出したら、不思議と緊張からワクワクに変わって行く。
私たちは正面を向いて何も言わず観客にお辞儀をした。
彗と初めて声を合わせた歌。
あの時の感動を思い出したら、今でも涙が出そうになる。
逢うことなんて叶わないって思っていたのに、今こうして隣に居てくれることは本当に奇跡だ。
目を合わせて、手に触れて、声の響きを感じて、それをこれだけの観客に聴いてもらう事ができる……
「彗、もう泣きそう」
「俺もだよ」
手を繋いだままふふと笑い合って視線を繋げたら、大きく息を吸い込んではじまりの合図。
重なりあった声が会場中に響き始める。
ゴクリと息を飲む音が聞こえるような観客の集中力からエネルギーをもらい私たちはますます絡み合う。
『風鈴の音が秋風にさらわれても、あなたの声は私の耳からいつまでも消えることはない』
どうかこの瞬間を、この音色を、少しでも多くの人の心に残せたらこんなに幸せなことはない。
『あぁ、逢いたい。君に逢いたい』
この歌詞に私は自分の中の全ての想いを詰め込んで、あの時顔も知らない、姿も知らない貴方に私は心から想いを込めて歌ったんだよ?
どうか……逢えなくてもせめて伝わりますようにって。
最後の節が終わり、無音の時間が流れた。
ふと目を落とすと、一番前の女の子数人が泣いていた。
会場の奥から拍手と歓声が大波のように打ち寄せてくる。
私達はもう一度瞳を合わせて頷き合った。
「彗、彗が……彗の歌が大好き」
「俺のセリフ取るなよ」
コツンと軽くおでこを小突いた彼の瞳もキラリと光る。
「泣いてるの?」
「……泣くよ。あんなに逢いたかったここねさんと、大好きな雫と今こうしていられる夢が叶ったんだから」
そう言いながらポトリと床に落ちた彗の涙すら愛おしく思う。
私はもう片方の目から流れるしずくを掌で優しく拭いながら受け止めた。
鳴り止まない拍手の中、名残惜しくも舞台からはけると、どうも遠くからおいおいと男性の嗚咽らしきものが聞こえる。
一緒にいた秋森さんは通常通りだったが、その付き人が何故か大号泣で駆け寄ってきた。
「あぁ、助さん、ここねさんおめでとうございます!!」
「ヤス、恥ずかしいから、もう泣き止んでよ」
秋森さんの白いレースのハンカチでその付き人の目元を拭っている姿が、何故か新鮮に感じた。
「ってか、え? 何でその名前……」
彗と私しか知り得ないニックネームを呼ばれて戸惑う。
「私は知ってました、あなた方の事を! こんなに近くでお二人の歌が聴ける日が来るなんて……」
「えぇ? どう言う事? ヤス」
状況を一人把握できてない秋森さんがキョトンとしている。
「あーあ! 妬けるなぁ!」
桔平が私達の側に寄ってきたと思ったら、ゆりにギュッと耳を掴まれて『イテテ』と叫ぶ。
「雫の事はもう助さんに任せなさい! これからは私の事もちょっとは見てね」
桔平の顔をグッとゆりが両手で自分の方に向けた。
「なに、ゆりと桔平が……? そうなの?」
「いい感じだよな、この二人」
彗がゆりと桔平を指差した。
「ねぇ、今度またみんなでカラオケ行きましょうよ」
今まで見たことのない秋森さんの穏やかな顔。
その隣で付き人がぐちゃぐちゃになった顔で幸せそうに微笑んでいる。
「そうだな! 仕切り直して、ちゃんと歌って楽しもうぜ!」
桔平が私と彗の背中を叩いた。
「お嬢様、お衣装は私に選ばせてくださいね」
「ヤスのセンスは当てにならないわ」
ぷんと頬を膨らます秋森さんに『あの革パンコーデはなかったもんなぁ』なんて桔平が茶化す。
緞帳の降りた舞台裏は笑顔で溢れている。
大盛況に終わっ文化祭ライブはバラバラだった私達の心を一つの輪に繋げてくれた。
私と彗はみんな感謝をしつつ、解散した後、こっそりさっき歌った場所に立ち戻った。
全て出し物が終了していた体育館はひんやりした静けさだけが残る。
「楽しかったね」
「あぁ」
どこまでも優しい微笑みが私に降り注ぐ。
「俺さ、思ったんだ。初めてはぴそんでコラボした時、雫はこんな風な表情で歌ってくれてたんだなって」
照れ隠しか目をふっと逸らす。
「やだ、恥ずかしいな」
改めて言われると今だってどんな顔したらいいのかわからないじゃない。
「萌えた。マジで、歌った後思いっきり抱きしめて『好きだ!』って叫びたかった」
その言葉に胸の奥がキュンと鳴く。
あぁ、こうしている今も私は彗に恋してるんだ。
「ありがとう……彗」
貴方になんて言葉で伝えたら、この溢れんばかりの感謝と『好き』の想いを伝えられるんだろう。
「お礼を言うのはこっちの方だ。やっぱり俺はお前の声がなきゃ一日が始まらないし、その日をいい一日で終わらす事もできない。どこまで行っても俺はお前のファンだ。これからもずっと一緒にいて、幸せになれる声を聴かせてくれよ」
彗はがっしりと私の肩を抱いた。
「……あのね。私だって彗の声に夢中なんだから。苦しい事全部楽しいことに変えてくれる魔法の声だもん」
「ここねさんの役に立てて、ファン冥利につきますな」
あははと笑って抱きしめてくれた。
声だけでも十分だなんて思っていた日々。
いつから私たちはこんなに欲張りになったんだろう?
目の前に確実にあるお互いの表情から共通の想いを見つけ微笑んだ私たちは、まだ拍手と歓声の残響に包まれているようなふわふわした感覚の中にいた。
どちらともなく徐々に顔を近づけ、唇を通して生身のお互いの存在を確認し合う。
どこまでも続いて行くであろう、これからの二人で創り上げる色鮮やかな未来を想像しながら……
完
長々お付き合いいただきありがとうございました!
コロナのせいで一人時間が激減し、思うように進ます、なんて時期に始めてしまったんだと大反省(汗)
一作書くのにこんなに時間がかかったのは初めてのことで、大変ご迷惑おかけしましたm(_ _)m
無事完結まで辿り着けて、安堵のため息……
楽しんでいただけたかどうかは?ですが、私は終始幸せな気分で書かせていただきました。
次作の話なんて到底できる余裕もないんですが、またふっと舞い戻ることがあれば温かく見守っていただけると嬉しいです(笑)
それでは、最後までお読みいただき、ありがとうございました!!




