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47.来栖彗、雫と前に歩き出す。

 体育館では演劇部の公演が行われていた。


「ちょっと早かったかな」

 俺はまだ雫の顔をまともに見れず視線の置き場に困りわざとキョロキョロしてみる。


「でも桔平の発表はこの後でしょ? 後5分くらいだからゆっくり待とうよ」

 俺の横にピッタリと寄り添って体育館の中を覗く。

 初めてのキスの後によくそんな平然といられるな。

 俺にはとても雫の様に冷静は保てそうにない。


 通り過ぎる人にいちいち指を指されて、キャッキャと話のネタにされている。

 歌といい、キスといい、どれだけ目立ってんだ俺たちは。



「あ、来栖。来てくれたんだ」

 俺の脇を慌てて走り去ろうとしていた相星が、自分らに気がつき声をかけてくれた。


「おう、楽しみにしてるよ。どうした? なんかバタバタしてんな」

 雫がキョトンとした顔で俺たちのやりとりを見ている。


「あぁ、なぁ、秋森見なかったか? ステージ上がる予定なんだけどみつかんねぇんだよ」

「秋森とお前が? どう言う組み合わせだよ」


 全く話についてこれていない様な雫には申し訳ないが、実は雫が休んでいる間に俺と相星は坂野を通してだいぶ仲良くさせてもらっている。

 雫との関係も、トラウマの話も、坂野と一緒に真剣に俺と話してくれた。


「色々あんだよ! 本当はお前らを嵌めようなんて悪いことも考えてたんだけどな。まぁ、俺にも良心ってもんが一応あるし、お前の雫を思う気持ちも気持ち悪いくらい伝わったからもういいんだ」

 相星は自分に言い聞かせるようにうんうんと一人頷く。


「なんの話だよ? 俺と雫を嵌める? 言っとくけどどんな事されたって、俺たちはもう離れないぞ」

「彗……」

 雫のポーっとしたハートの視線を感じて顔がまた熱くなる。


「もう惚気はいいって! うんざりなんだよ。お前ら、人前でチューしたんだって? 学校中の噂だぞ? ったくがっつり両想いになったからって盛り付きやがって。いい加減にしろよ」

 呆れ顔で俺らを一瞥した。


「なに? そんな噂になってんの? やべぇ、帰りたい」

 恥ずかしさを堪えながらもコイツの寛大さに脱帽する。

 相星だってきっと雫の事がめちゃくちゃ好きだったんだろう。

 こうして茶化してたって、瞳の奥の暖かさを今はちゃんと感じる事ができる。


「雫。来栖に甘々にしてもらえよ」

「桔平……」


 雫は相星の気持ち、ちゃんと分かってたんだろうか?

 ずっとずっとお前に片想いしてたんだ。

 俺よりもずっと前から……


「桔平! 何やってんのよ!! 秋森さん楽屋にいたわよ!」

 ゆりが苦しそうにはぁはぁと息を切らしてやってきた。


「マジで? もう出るつもりないのかと思ってたよ」

「なんか元気なさそうだったわよ。とにかく行こ!」

 坂野が相星の腕に自分の腕を絡めぐんぐんと引っ張っていく。

 どことなく二人とも嬉しそうなのは俺の気のせいだろうか?



 演劇部ののステージが終わり、最前列の席を雫と陣取る。


「彗ったら桔平と仲良くなってたんだ」

 雫が少し膨れっ面でボソッと言った。


「あぁ、お前が休んでる間に、な」

「何で言ってくれなかったのよ。桔平と彗が仲良くないって思ってたから、すごい気を遣っちゃったじゃない」


 お前は知らなくていい。

 これは男同士の話なんだから。

 相星は俺なんかよりもいい男なのかもしれない。

 俺が逆の立場だったら……考えたくもない。


 もうライバルじゃなくて、尊敬してるんだ。

 きっといい友達になれる、俺は勝手にそう思ってる。


「いいから機嫌直せって」

 そんなやりとりをしている俺の隣に秋森の運転手が現れた。


「ここ、座っていいですか?」

 ゴッツイ大きな体とは対照的に物腰の柔らかな態度。


「もちろん、先日はありがとうございました。雫、この人がこの前喫茶店で倒れた時俺んちまで送ってくれたんだよ」

「そうだったんですね。私知らなくて、ありがとうございました」

 ペコっと頭を下げる姿も可愛い……


「お二人、とてもお似合いですよ」

 秋森の運転手は嬉しそうに俺たちを上から下まで見た後目を輝かせている。


「……? 何か、変ですか??」

「いえ、ちょっと楽しみな事がありまして」

 ニヤニヤと秋森の運転手は勿体ぶっている。


「あれ、もしかして知ってます?」

 俺はこの人が本当は秋森から事情をきいて知っているのかと思ったんだ。

 俺と雫を相星のステージの後に是非立たせてほしいって俺がお願いした事を。


「は? あれ、もうお二人ともご存じだったんですか?」

 驚いた顔で秋森の運転手は声を上擦らせた。


「知ってるも何も、俺が相星に雫に内緒でお願いしてた話だったんで……」

「はい??」


 俺もこの人もどこか食い違っている話を必死で頭の中で擦り合わせようとする。

 そんな混乱している状況の中で、一番驚いていたのは雫だった。


「嘘でしょ? 私たちこれからステージに上がるの?」

 急に不安を表情に浮かべ俺の手を握る。


「雫に人前で歌えるきっかけを作れるかもしれないからダメもとで一曲分だけ時間もらいたいって実はお願いしてた。ダメそうなら相星が何かしら1曲やって穴埋めしてくれる保険付きでな。でも既にさっき克服できてたみたいだし、もう何にも問題ないだろ?」

「そんな……さっきは歌えたけど……」

 俯く雫の頬を両手の平で優しく包む。


「俺がいるから大丈夫だ。雫がどんな失敗したって、俺が全部なんとかしてやる。信じろ」

 しっかりと彼女の眼をみた。

「……分かった。私これでちゃんと前に進むから」


 強い光が雫の瞳の奥に見えた。

 もう大丈夫。

 絶対に人前で歌う事が怖いだなんてもう言わせない。

 全部を快感に変えてやる!!


 そんな固い絆をまた結んだ俺たちの横で困惑した秋森の運転手。

 舞台袖から現れた秋森と相星の姿を見て顔色を変えた。


「お、お嬢様……」


 ノリの良いイントロから相星と秋森のペアのプロにも近い息の合ったパフォーマンスは会場を煌びやかに沸かせた。


「伊達にお嬢様してたわけじゃないんだな」

「彗、失礼だよ」


 お互い息がかかる程近づいて、一本のマイクに声を入れる様はまるで恋人同士のような一体感。


「秋森さん、本当に綺麗で、カッコいい」

 雫が興奮しながら立ち上がる。

 気がつけば会場は総立ちだ。


「童謡しか歌えない奴かと思ってたら、見直したわ」


 雫と俺が舞台と一緒になって踊っている脇で、凍りついたように運転手は秋森を見ていた。


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