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41.音海雫、本当の事。

「じゃあ……私の番ね」


 彗はずっと好きだった人の事をいつか忘れられるの?

 それともその人の事を心の中に置いたまま、ずっと私と付き合うつもりなの?


 彗の気持ちは痛いほど良く分かってしまうからこそ、ちゃんと聞いておきたかった。


「彗は、今も心の中にいる人を忘れられるの?」


 私がこの質問をされたら……きっと『それは出来ない』って答えるしかない。

 助さんの存在があるからこそ彗に惹かれてる。

 それはどう足掻いたって否めない現実。


「俺は……雫に出逢うために彼女に引き合わされたんだって思ってる。今まで現実の女の子なんて、誰も好きになることなんてないって思ってたんだ。でも初めて雫に存在にドキドキしたり、雫の周りの男の存在が疎ましく思ったり、もっと自分の事を見てほしいって思ったり。恥ずかしいんだけど、離れないんだよ、頭から雫の事が」


 前髪をクシャックシャッとかき上げながらまだ何か考えている様だった。

 少し間を置いてゆっくりと話し出す。


「本当に憧れてたんだ。ネットの中の彼女の事を。でも雫に会って、また違う感情が湧いてるんだ。声だけじゃなくて、笑ってる顔も、怒ってる顔も、美味しそうに食べてる顔も、俺の事を見つめてくれている顔も、もっともっと……いろんな表情を見てみたい。同じものを見て、同じものを食べて、手を繋いで、……できれば一緒に歌も歌ってみたい。すぐに彼女の存在が消える事は無いけど、いつかちゃんと想い出にして雫とのこれからに俺の全部を注いで行きたいって思ってる」


『ふぅ』とゆっくり息を吐き目線を落とした後、何かを決意する様に私をじっと見つめた。


「いつか、雫で100%になる自信はある、そういう事!」


 真剣な眼差しの後、フワッと頬が緩んだ。


 そんな風に言ってくれた彗の気持ちが、私の迷いのある淀んだ気持ちをみるみる新しい色に塗り替えていく。

 今まで助さんの存在をそんな風に考えたことが一度もなかった。

 諦めるか、諦められないか、そんな二択のみの選択肢に縛られて身動きが取れなかったのに。


「もういいだろ。次の質問な」

 照れ臭そうに目を逸らして仕切り直す。


「雫の気になるヤツは、どんな人?」


 彗の質問に、ビクッと肩が上がった。

 さっきまで『付き合えない』と決めていた自分が、彗の話を聞いてからとんでもなく心が揺らいでいる。

 素直に目の前に居る私を想ってくれている人に身を委ねる……今助さんが心の中にいたとしても、それは悪いことじゃ無い、不思議とそんな風に思えてくる。


 自分の気持ちに嘘をつかずに彗と向き合う……


「歌がすっごい上手くて……憧れの人」

 自然と嘘偽りない言葉が出てくる。


「そっか、俺と同じだな。声が好きって聞いた時もしかして相手は歌ってる人かなって思ってたけど」

「うん。彗の想ってる人も歌上手な人なんだ」

「あぁ、いつも胸の奥を鷲掴みにされるような……最強の歌声」


 どんな人なんだろう?

 私はその人を超えられるような歌を歌えるかな……

 変なライバル心が湧いてしまう。

 歌なら彗の好きな人を超えらるんじゃないかな……なんて思い上がりだね。

 どうせ人前じゃ歌えないんだし。


「それじゃ、なかなか雫の中からその人は消えなそうだな」

 自信なさそうに俯いた。


「もしも私がその人を諦めきれなかったら? それでもいいの?」

「雫が俺だけを見てくれる時を待つよ。俺だって結構歌なら自信があるんだぜ? いつか、俺に夢中にさせてやる」


『あはは』と照れ笑い。

 でもそんな自信満々な彗が、私の目にはカッコよく映った。


「今のは質問でカウントね。答えるのめっちゃ恥ずかしかったし」

「えぇ? そんなぁ」


 ふざけ混じりの会話に、だんだんと凝り固まった心が溶けてきた。

 今のままでもいいんじゃないか……ゆっくりとそう思えてくる。


「俺の番! えっと、七つ目かな? 俺にメガネの事を聞いた理由は?」

「そんなのに七つ目の質問使っちゃっていいの?」


 意外な緩い質問に安心する。


「私の好きな人がそれとそっくりなメガネをアイコンにしてたから!」

 こんな理由聞いたって『へぇ』で終わっちゃうに違いない。


「ねぇ、この質問、何の意味があんの?」

 呆れた様にそう言って顔を上げた時、……びっくりするほど彗の顔全体が紅潮していた。


「ど……どした? 急に……」

 あまりの空気の変わり様に思わず自分の答えの内容を振り返ったけど……特に普通だよね……

 もしかして、気を悪くした……?


「いや………、なんでもない」

 額に汗がびっしょりだ。


「なんでもないって、汗凄いよ?」

 私はベッド脇に置いてあった自分のカバンからハンカチを差し出す。


「大丈夫だって」

「いや、大丈夫じゃないでしょ、どう見たって」


 ハンカチを受け取ろうとしない彗の額から流れ落ちる汗にそっとハンカチを当てる。


「ま、待って! ごめん、タイム!」

 声、震えてる?


「どうしたの? 気を悪くさせてたならごめんね。かなり具合悪そうだけど……もうやめる?」

「やめない! まだ聞きたいことが……ある」


 そんな必死に言われたら……

 どうしちゃったの?


「わかった。じゃあ私ね」

 正直、もう十分なんだ。

 これからはちゃんと彗と一緒に前に進んでいいんだって、靄が晴れた様に視界が明るくなった自分がいる。

 こんな急いで質問コーナーなんて設けなくったって、これからゆっくりお互いのことを知ればいい。


「彗が嫌な気分じゃなければ……そのメガネ、触っていい? 色々気持ちに整理つけられる気がして。これ質問としてカウントしていいいから」

「……あぁ、いいよ」


 そっとメガネを私に掛けてくれる。


「似合ってる」

「本当?」


 助さんの眼鏡からは何が見えていたんだろう?

 こんなふうにかけて、『はぴそん』で歌っていたのかな。


 胸がいっぱいになる。

 助さん、私はあなたにたくさんの癒しと幸せをもらったよ。

 一生耳から離れないんじゃないかってくらい心に刺さる歌声に自分の声を重ねられたこと、一緒に歌って一つになる喜びを教えてくれた事、きっと私は死ぬまで忘れない。


「それあげるよ」

「え? いいの?」


 なんか目がうるうるしてる?

 感動してるのは私なのにね。


「……雫は、歌、好き?」

 私の頭を何度も大きな手で大切そうに撫でてくれる。

 今まで歌の話を外ですると、変に誰かに聞かれているんじゃないか……また噂の種になるんじゃないかって、いつもビクビクしていた。


「うん、大好き」

 今は彗の質問に導かれるように何の障害もなく気持ちが言葉になる。


「そっか」

 嬉しそうに柔らかくつぶやいた。


「彗は好きな人と何で知り合ったの?」

 そこにヤキモチみたいな気持ちは全くなくて、自分の同士のような思いで聞いてみた。


「カラオケアプリだよ」

「カラオケ……アプリ?」


 ……偶然?

 瞬間、助さんの歌声が頭を巡った。

 手に握られた眼鏡に目をやる。


(これ……そんなはず……)


「もう一度聞いていい? 雫がハマってるアプリの名前は……?」

 彗……泣いてる……?


「……happy……song……、彗は……?」

「俺もだよ……」


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