40.来栖彗と音海雫、10個質問。
「じゃあ、さっきも言った通り、答えはパスしてもいいけど嘘はなしな。で、時間も時間だし、質問はお互い10個まで」
「ごめんね、ミュージカル……」
疲れていたのか結構な時間寝ていたために、予定していたミュージカルは見送った。
窓の外はもう真っ暗だ。
「いいよ。こうしてちゃんと雫と向き合える時間が作れたことの方が嬉しい」
「……彗」
あのまま別れるなんて……やっぱり出来ない。
ちゃんと納得してから……現実を受け入れてたい。
「じゃあ、最初の質問。俺からでいい?」
雫が小さく頷く。
「俺の事、好き?」
「……え?」
いきなりの質問に驚きを見せる雫。
「好きか嫌いかで言ったらどっち?」
「そりゃ、好きだよ」
ここで『嫌い』なんて言われた日には全てが終わってしまう。
分かりきっている事なのかもしれないが、大切な質問だ。
「そりゃ、よかった。じゃ、今度は雫の番」
「うん」
少し考えながらぼそりと呟く様に言う。
「どうして……私なの? その……好きなのが」
頬に赤みが差してきた。
具合が良くなってきたのか、照れているのか判断は難しいが。
「一番は声かな。簡単に言葉なんかじゃ表現できない」
「……声か」
複雑そうな表情を見せて次の俺の質問を待つ。
本当は声も、歌声も、恥ずかしそうに笑った顔も、驚いた顔も、不意に見せる優しさも……
上げ出したらきりがない。
全部全部、いつの間にか大好きになっていた。
何よりも、雫とは心で繋がってる気がして離れる想像も出来ないんだ。
「二個目の質問な。好きな食べ物は?」
『苺』だったらいいなと頭の中で密かに願う。
前にここねさんとのコメントのやり取りでこの話題になったからだ。
「いちご……かな」
ドキンと心臓が跳ねた。
雫がここねさんだろうと、そうでなかろうと、俺はコイツを100%好きになれる自信がある。
本当は彼女が何者なのか、答え合わせなんていらないはずなのに……
心の奥底で彼女がここねさんだったら、さぞかし俺の想いは報われるのに……
そんな気持ちが捨てきれずにいるのは、どうしても否定できなかった。
「いちご……か。美味しいもんな」
「うん」
やばい、俺顔に出てないだろうか?
動揺が抑えきれない。
「次は私ね。あの……そこにあるメガネは……誰の?」
ゆっくりと俺の机の上を指差した。
いつもかけている黒縁メガネ。
「俺のだけど?」
「ふうん」
なんだ?
どう言う意味だろう?
頭の中が『?』でいっぱいだったが、時計を見ると時間があまりない。
「3問目。雫の好きな曲を教えて」
いつの間にか俺の頭の中は、雫とここねさんが同一人物かどうかの答え合わせでいっぱいになっていた。
まだ収まらない鼓動を気持ちで押さえつけながら勇気を出す。
「『風鈴』」
「『風鈴』……、いい曲だもんな」
俺と一番最初にコラボした曲だ。
たまたま……??
俺は雫の表情をじっと伺う。
「そんなに見ないでよ。恥ずかしい」
「ごめん」
聞きたい。
『雫はここねさんなの?』
残り7問を残して先走ってしまいそうだ。
これだけたまたま答えが一致する事なんて普通あるか?
「彗は歌が好きなの? さっき……公園で本当に上手だったから」
じっとシーツを握りしめた自分の手を見つめたままこちらを見ない。
「本当は、大好きだ。あんまり周りに知られたくなかったんだけど」
「どうして?」
「目立ちたくないんだ」
彼女は納得した様に頷いた。
あんまり突っ込んで来ないんだな。
大体俺の歌を聞いた人は、『もっと人前で歌えばいいのに』とか、『歌手になれば』とか、『一緒にカラオケ行って』とか目の色変えて絡んできたもんだが……
少しの違和感はあったが、俺は次の質問で頭がいっぱいになっていた。
「最近ハマっていることは?」
『はぴそん』の話なんて出ては来ないだろう……と思いつつ、もしその答えが返ってきたら、俺はどうしたらいいんだろう?
手に汗握って答えを待つ。
「歌の……アプリ」
「うた……? カラオケアプリ?」
そこから雫は石の様に固まった。
この反応は……そうなんだろうか??
でも知られたくないのか??
話題を変えるように、雫が口を開いた。
「前に彗が言ってた女の人の事……まだ好きなの?」
すぐに答えられなかった。
自分の心が完全に雫に傾ききれていないのは紛れもない事実だ。
こうして今だって雫がここねさんだったらいいのにと必死で想ってしまっている。
「……好きだ。ごめん、雫と彼女の事、多分重ねて見てるところたくさんある」
「そうだよね。私だってそうなんだもん……。仕方がないよね、お互いに」
暫く沈黙が続いた。
どうしたら俺たちの気持ちは報われるんだろう?
目の前の雫に俺はこんなにも好意を持っているのに……
「なぁ、アプリの名前教えてくれないか?」
5個目の質問。
雫は横に首を振る。
「パス……」
どうしたら……どうしたいいのだろう……




