39.音海雫の限界。
「これ……」
うっすらと視界に入ってきた黒縁メガネ。
夢でも見てるのかな。
『はぴそん』を開くといつも一番に探していたあのアイコン。
こんなにそっくりなら誰のか知らないけど、記念にもらえないかな……
メガネの置かれた机は、明らかに見たことのことがない物だと気づく。
(………? ってここどこ??)
急に目の前景色がはっきりと見えたかと思えば、安心する匂いに包まれながらフワフワのベットの中にいる私。
「え? あれ?」
慌てて身体を起こして辺りを見渡してみる。
(そうだ、私カフェで……)
続々と蘇ってきた記憶に青ざめる。
ところで本当にここは何処??
「大丈夫か?」
突然背後から声をかけられ息が止まる。
「……彗?」
心配そうに覗き込んで私の頭を撫でてくれる。
「倒れたんだよ、カフェで。貧血だろ?」
「やっぱり……途中から全然記憶がない。彗が助けてくれたの? ここは?」
「ここは俺んち。たまたま秋森の運転手に会って送ってくれたんだよ」
安心した表情に変わり、柔らかく微笑んだ。
……ん?
待って待って?!
情報が多すぎて整理しきれない……
秋森さんの運転手?
ここは彗の家で、私が今寝てたのは彗の……
「ベッド!!」
驚きすぎて全身の毛が逆立ちそう。
「……はい?」
目を丸くして私の突拍子のない言葉に固まる彗。
本当に驚いた時は単語しか飛び出てこないもので。
我に帰った途端に、急に胸がぎゅーっと苦しくなって涙がボロボロとこぼれ落ちる。
「えっ!? なになに? 俺何にもしてないよ? なんで泣いてんの?」
「ごめん……このベッド彗の匂いでいっぱいだったから……」
こんなに守られていることが心地いいと思った事が今まであったかな?
心まであったかい毛布に包まれる様な……
「臭い? ごめん」
「違う、違うの……凄く安心出来た……」
今日の混乱と、きっと私も彗のことが好きな気持ちは間違いないんだって思う気持ちがくっきりと形になって、ぐちゃぐちゃになった感情を言葉にできなくて、ただただ涙が大きな雫になって落ちていく。
「ねぇ、彗。私ね、もう自分の気持ちが分からないの。助けて。助けてよ……」
縋りたい気持ちを堪えてシーツをぎゅっと握りしめる。
「……雫」
ベット脇の椅子に腰掛けた彗は、そんな私の様子を察してくれてか肩をそっと抱いてくれた。
「なぁ、話さないか? もう少しお互いの事」
「……お互いの事?」
ただただ心惹かれるばかりで、確かに私たちはお互いの事を何にも知らない。
「あぁ。一ずつ、交互に質問していこう。答えをパスはしてもいいけど嘘はなしな」
自分の事……
話したら引かれそうなことばっかり。
勇気のない私。
惨めな私。
自信のない私。
そして、他にも好きな人が居る私……。
彗は椅子に座り直して真っ直ぐ私を見た。
「このまま俺は別れたくない。雫に嫌われる結果になっても、一度ちゃんと向き合いたいんだ」
じっと私を見つめる揺らぎのない瞳に吸い込まれそうになる。
「俺の中に欠けた部分があるとしたら……そこを埋められるのはきっと雫しかいない、そんな気がするんだよ。なんの根拠もないんだけど、簡単に失っちゃいけない気がするんだ。だから、チャンスが欲しい」
私もおんなじだ。
きっと彗にも私の中に絶対なくちゃいけないものを補ってもらってる。
「分かった。嘘はつかないよ。ちゃんと、この気持ちの答えを出したいから……」
「うん。じゃあ、顔あげて」
彗の大きな手が涙に濡れた頬を包み、明らかに私とは違う大きな親指でそっと涙を拭ってくれた。




