⒊音海雫と来栖彗、それぞれの恋。
「ねぇ、雫、案内係の仕事しなくていいの?」
ゆりはわざと聞こえるように強めに私の机を叩く。
休み時間になる度に、私の隣付近で女子がおしくらまんじゅうをしているのは言うまでもない。
「そんなこと言ったってこの状況じゃ無理でしょ」
まぁ、予想はしていたけどね。
「ちゃんと転校生を案内しないと先生にだって怒られちゃうよ?」
「大丈夫だよ、可愛い学級委員もいる事だし」
そもそも色んなことが奇跡すぎたんだよ。
調子に乗って『もしかして一目惚れ?』なんて恋の始まり的な恥ずかしい夢まで見ちゃって!
結局あれから案内係どころか全く会話すらしていない、っていうか出来ないし。
「雫にはちょっとイケメンすぎたか……」
ゆりが腕組みしながら諦めの色を見せている。
「だから言ってるでしょ! リアルの男には興味ないって!」
なんだかイライラした。
「その割には不機嫌だね。いつもの雫だったらこんな話すると本当に興味ないって死んだ目してるのに」
フンとゆりが鼻を膨らませる。
その時おしくらまんじゅうしてる女子の肘が思いっきり左頬にめり込んだ。
「痛ったー!!」
目から火が出るような衝撃。
「ちょっと! 大丈夫か!?」
たかってる女子を振り払った来栖君に、突然腕を引っ張られた。
「大丈夫だよ、このくらい……」
一瞬ドキッとしながらも、たかっていた大量の女子たちに危険を感じてフラフラと席を立つ。
突然『あっ!』っと思い立ったように来栖君が私の腕を掴んだまま立ち上がる。
「保健室いこ! 付き添うから!」
「え? えぇ??」
目の前はチカチカしてクラクラしてるのに、彼に引かれて教室を飛び出した。
階段を駆け降りてすぐ目に入って来た理科室に飛び込む。
「ちょっと!!」
呼吸が上がり半ばパニックで来栖君の手を振り解く。
「ごめんごめん」
お互い上がり切った息がなかなか整えられない。
「……ちょっと……待って……!」
「……うん、私も今喋れない……」
数十秒経っただろうか?
ふとお互いの表情を見遣ると、なんだか笑けてきた。
突然全力疾走した両足は言うことをきかず、私たちは笑いながら冷たい床に崩れるように腰を落とした。
「はぁ……キツかった」
こめかみに汗を光らせて来栖君はすぐそばの壁に寄りかかる。
「ホントだよ、こっちなんか飛んだとばっちり! 肘鉄に猛ダッシュ」
思い出したらクククとまた笑いが込み上げてくる。
「なぁ、案内は? いつしてくれんのよ?」
少し落ち着いて、彼は私を覗き込んで笑う。
「それどころじゃなかったでしょ? モテる男は辛いわねぇ」
嫌味たっぷりに言ってやった。
「モテる? まぁ……否定はしないけど、俺は死ぬほど好きな子、ちゃんといるから」
来栖君は大きく息を吸ってふぅと吐き出した。
(やっぱいるんだ、好きな子)
「……そ、そうだよね。いないわけないよね。前の学校とか? 遠恋?」
さっきまで火照っていた身体の温度が急激に下がる。
心内を悟られないように……必死すぎる自分が……哀しい。
「逢ったことないんだ。会話すらした事ない」
どこか遠くを見ているその視線の先には、誰が見えてるんだろう?
「えと……まさか、二次元とか? ……なんてね! な訳ないよね」
『あはは』と空気読めない発言をしてしまった自分を悔やみつつ誤魔化した。
「二次元かぁ……それと似たようなもんかな……でもこの世の何処かに確かに存在するんだ。それは絶対に間違いないんだ」
「……うん」
分からなくは無い。
私も『助さん』をそんな存在だって思ってる。
恋……かどうかは分からないけど。
「気持ち悪いよな、俺。あ、一応言っとくけど男に興味あるわけじゃ無いから誤解しないでな」
恥ずかしそうに笑う。
「気持ち悪いなんて思わないよ。私にもそんな風に想う人……いるからさ」
「そうなの?」
驚いたようにこちらを見る。
「好きって、そう言う好きかどうかはまだ分かんないよ? でも……逢えるものなら一度でいいから逢ってみたいって人はいる」
「へぇ……」
興味深そうに私の話を真剣に聞いてくれる。
「なんか似てるな、俺たち」
「そうかな? 来栖君はイケメンでモテるけど、私は隠キャで全然モテないよ?」
ふふと自然に笑顔が溢れた。
「笑ったら可愛いじゃん。俺何気に音海さんの驚いた時の声好きだし」
「へっ!?」
「そう、それ!!」
あははと笑った瞳がとっても優しい。
「俺はさ、たぶん一生片想いかもしれない。でも、その子の声が堪んなく好きなんだ。どんなに辛いことがあっても、寂しくても、嬉しい時も楽しい時も……その声聴いてるだけで全部が報われて癒しになる」
「来栖君って声フェチ??」
嬉しそうに、幸せそうに話す彼の顔がとてもキラキラしていた。
「かもな!」
静かな理科室に二人の笑い声が響く。
なんて心地いいんだろう。
初めてじゃないような……もっと昔から知ってるような……
「なぁ、俺の秘密喋ってやったんだから、これからも仲良くしてよな!」
「いいけど、私じゃなくったって可愛い女の子持て余すほど周りにいるじゃない」
「俺はさ、現実誰も好きにならないって、こんな話信じてくれるの音海さんだけだろ? 気を遣わないで話せる最高の友達になれそうじゃん、俺たち」
最高の友達……
いいのかな、それで。
それで私なんかは十分なのかもしれない。
「それにさ、俺音海さんの話し声、結構好きだし」
「彼女より癒される?」
「いや、それはない」
「あのさ、私も結構来栖君の声タイプ」
「マジ??」
笑い声は消えずに理科室を心地よくこだまする。
こんな感じ……初めてだ。
恋愛対象にはなれない切なさより、二人の声が重なっている穏やかなこの時間が猛烈に幸せなんだ。