28.ヤスと戸惑うお嬢様。
朋花お嬢様の出現で、途中から音海様と来栖様の会話が全く聞き取れなくなった。
全く、こんな形で調査の依頼主に妨害されるとは……
あのお二人、一体どんな結論を出したのだろう?
気になる!
気になるが……
今は目の前のお嬢様のご機嫌とりで精一杯だ。
どうか、どうか早くこのゲームセンターから出てください、そう心から祈るばかりだ。
「ヤス! あのクマのぬいぐるみはどうやって取ったらいいのかしら」
意外にご機嫌なまま、お嬢様はUFOキャッチャーに夢中になっている。
「普通に掴むだけじゃ落とせませんね」
「じゃあ、やってみてちょうだい」
目をキラキラ輝かせながらゲーム機に張り付いている。
(まつ毛、長いな……)
横顔に目をやれば、最近じゃイライラ怒ったお顔ばかりしか拝見していなかったが、こうして楽しんでいるお顔を見ていると、肌の白さやボタンを押したりぬいぐるみを目で追うひとつひとつの仕草にやっぱり『お嬢様』と言う言葉に負けない品が滲み出ている。
「何を見ているの? ヤス、私じゃなくてちゃんとぬいぐるみを見なさいよ」
うふふと笑う呆れ顔も新鮮だな。
僕が何度かクレーンのアームでぬいぐるみをずらしながらようやく落とすと、お嬢様はすぐさま景品を取り出してお顔を埋めるようにそれをギュッと抱きしめた。
「うわぁ! とっても可愛らしい」
こんな無邪気なお姿を見ているとお嬢様と出会った頃を思い出す。
あの頃はツンケンしつつも、愛らしいお子様なお姿を何度も見せてくれて、度々僕の心を和ませてくれた。
時々、たまにしかお帰りにならない勇様を恋しがってか、私のところへ擦り寄ってきたり、寂しそうにぬいぐるみと一人遊んでいるお姿が居た堪れなくてよくハグしてあげたものだ。
言っておくが、もちろん相手は子供だから下心なんてものはこれっぽっちもない。
あの頃は数は少なくても、お嬢様の心に触れられた気がしたのに……
そんな事をぼーっと思っていた時だった。
聞き覚えのある声が背後から近づいてきて緊張が走る。
音海様と来栖様……どうか私たちの事には何も気づかず通り過ぎてくださいませ……!
お嬢様の視界にあの二人が入らないように、視線の先を意識しながら少しずつ自分の身体を盾にすり足で移動した時だ。
カッとお嬢様の目が見開いた。
「……あの二人……やっぱりここにいたんじゃない!!」
私の身体を押し退け飛び出そうとしたお嬢様の腕を間一髪掴んだ。
彼らに気がつかれないよう、UFOキャッチャーの壁面に押さえつけるように朋花お嬢様を押しやり、視界を遮る。
「ヤス……! どう言うつもり? 壁ドンなんてもう流行っていないわよ」
驚いたのか少し震えるお嬢様の声にハッとして距離を取った。
「失礼いたしました! ……つい」
「……つい?」
つい……動いた僕はあのお二人を守りたかったのだろうか……
それとも昔のような寂しそうなお嬢様の顔を見たくなかったからだろうか……
「……つい、お嬢様が可愛らしかったので……」
まんざら嘘じゃないかもしれない。
理由なんて何だっていいわけなんだが……ちょっと正直に言ってみたくなったんだ。
お嬢様が焼けるような視線で僕を見つめてる。
お顔を赤くされているのは、怒り……? 戸惑い……?
「ヤス、今日はもう帰りましょう。私ちょっと眩暈がするわ」
額に手を当ててふらついている。
「そうですね、お大事になさった方がいいでしょう」
おぼつかない足元に目をやりながら、支えようとそっと華奢な肩に触れた瞬間、ビクリと上下し『えぇ……』と力無い声で頷いた。




