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27.来栖彗、恋愛成就のための恋人(仮)。

 小刻みに震える音海の肩を抱きながら、このまま時が止まってしまえばいいのにと思う。

 ここねさんとの縁が切れてしまう事は、俺にとってこの世の終わりくらいに恐ろしい事だが、今ここにいる生身の暖かい音海を手放してしまう事の方が辛い。


「なぁ、俺の彼女になってくんない?」


 今しかなかった。

 好きとか、女子として可愛いとか、付き合うってそんな言葉たちを先に頭で意識しながら恋人同士になるもんだって勝手なイメージを持っていたけど、今は手放したくない、一緒にいたい……心で感じたままの、ただそれだけの感情だった。


 ビクッと彼女の肩が動くと、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。


「え? 冗談やめてよ」

 泣きすぎて変なクセのついた声が、また可愛かった。

「冗談なんかじゃない。本気で言ってんの」


 ポカンと口を開けて俺をじっと見ている。

 ……可愛い。

 堪んなくてまた抱きしめる手に力が入った。


「俺じゃダメ? 音海の好きなやつ忘れさせられないかな?」

「だ、だめって……事はないけど……いや、待って! だって私まだ心の整理が……、ってなんで来栖くんが私を彼女にしたいって思うのよ? 気になる人いるんでしょ?」


 目をぱちくりさせながら混乱の表情を見せる。


「俺だって……そう簡単に彼女が心から消えていくとは思えないけど……今ここにいる音海が大切だって素直にそう思ってる」

 それって、好きって事じゃないんだろうか?


 戸惑いつつ下を向いてボソッと呟くように言った。

「でも私は……まだそんな簡単に気持ち切り替えられないよ」


 そうして、また顔を上げ戸惑いの目で俺を見ると抱かれた胸から離れようと両手で突っぱねた。


「ごめん、順番めちゃくちゃだし、音海の気持ちも分かってるし、戸惑うのは十分承知してる。俺だって今こんな風に気持ち伝えてる自分が信じられないくらいだし。……でもさ、他のヤツの所に行くくらいなら俺の所にいてよ」

「他のひと……?」

「あぁ」


 音海の事を独り占めしたいって思っていた本音がどんどん外に出てくる。


「音海の想い人を忘れるためにさっきのヤツと付き合うくらいなら、俺にしてくれないか?」

「桔平の事?」

「そうだ」


 音海が口元が緩みクスッと笑った。


「私そんな器用じゃないよ。桔平にだって、来栖君にだって……そんなすぐに気持ち切り替えて別の人と付き合うなんて出来ないよ。さっきのは冗談」

 あははと力無く笑う。


「じゃ、音海の彼氏になる予約していい?」

 言ってる事は全部理解してるんだ。

 ここねさんを忘れることなんてそう簡単にできない自分の気持ちもちゃんと分かってる。

 でも……、俺は音海といつも一緒に居たい。

 それだけは間違いない。


「……ねぇ、ほんとに今日、どうしたの?」

 熱でもあるんじゃない?と、音海の手がおでこに触れる。

 呼吸が苦しくなって、顔が熱った。


「……俺、本当に音海の事好きなんだと思う」

「来栖君……?」


 もう一度抱きしめたい。

 彼女に触れたい。


 さっきは音海をここねさんとして、抱きしめる事ができたのに……

 ここねさんを取っ払った音海に触れる勇気が出ない。


「途中で予約取り消してもらってもいいんだ。お試しでも、二番目でも……。だめかな?」


 こんな女子みたいなセリフが俺の口から出る日が来るとは……

 でも今ちゃんと掴んでおかなかったら、すぐどこかに行ってしまいそうな彼女の心をどうしても繋ぎ止めておきたくて……


「お試し……? 本気で好きじゃなくてもいいってこと?」

「いいよ、本気じゃなくても。音海が好きなやつの代わりでもいい」

「代わり……?」


 代わりだって構わない。

 俺だって、音海を度々ここねさんと重ねて見てしまうんだから。


「じゃあさ、一ヶ月だけ、お互いの恋を成就させたつもりで付き合おうか。きっと、来栖君だって、声の似てる私を彼女にしたいって思ってるだけかもしれないし、私もちゃんと心の整理つけたいし。一ヶ月経って、その先がもしあったなら……本当に付き合おう?」



 彼女の提案は、俺にとっても好都合だった。

 ここねさんを音海に堂々と重ねながら一緒にいられる事……願ったり叶ったりだ。

 逆に音海の想い人に重ねられる俺は……仕方のない事か。



「わかった。そうしよう」

「じゃ、今日からよろしくね」


 ニコッと笑った音海にまた心を鷲掴みにされながら、俺たちの恋人生活が始まった。

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