23.音海雫、壊れた恋の味。
「それ重そうじゃん、持つよ」
移動教室で先生に頼まれた大量の図鑑を運んでいる時だった。
来栖君が当たり前のように私の手から持っていく。
「いいの? でも重いから半分でいいよ」
「俺一応男だよ? 舐めてもらっちゃ困るなぁ」
そんな冗談を言いながらケラケラ笑い私の先を歩いて行く。
実はこれだけじゃない。
私が少し前髪を切っただけで『似合ってんじゃん』とか、新しいシャープペンでノートを取っているときに『音海っぽいな、そのシャーペン』そう言いながらクスッと優しく笑ったり、ゆりでも気がつかないような細かいところまで言葉にして伝えてくれる。
女の子慣れしてるのかな。
それとも心開いてくれてるから親友みたいな感覚で思ってくれてるのかな。
今までリアルの男の子にこんなに誉められたことがなくて、どんな反応して返せばいいのかいつも迷ってしまう。
ついこの前ゆりにその事を話したら、
『ほらさ、コーヒー来栖君がこぼした時にもちょっと思ったんだけどさ、何気に雫のこと好きなんじゃない?』
真顔でサラッととんでもないこと言うから思わず手に持っていた鞄を落としてしまった。
そんな私を見て『本当二人って似てるよね』って一生懸命笑い堪えてたけど、そういえばあの時も来栖君、ゆりの発言が原因でコーヒーこぼしてたなぁ。
好きって……
どんな感じなんだろう。
優しくされて、こんな風にあったかくなったり、嬉しくなったりするのがそういうことなのかな。
来栖君は同じような感覚になってくれているのかな。
でも来栖君には好きな人がいて……
現実、側にはいないその人どころか、私の周辺にいる女子たちすら超えられる女子力も見た目も、私は持ち合わせていない。
やっぱり誰がどう考えたって、来栖君と両想いになるなんて非現実的な話。
そんなこと私が考える事すら彼にとってはおこがましいことだろうな。
来栖君の事はずっと心のどこかで気にはなるけど、踏み入れられる身分じゃないって思ってる。
釣り合うはずがない。
振り向いてもらえるはずがない。
ただ、来栖君は優しくて、私が案内係で縁があったからここまで仲良くなれてるだけのこと。
そう言い聞かせてる自分の沼にハマり込まないように、自然と『はぴそん』にいる時間が長くなる。
コメントをすればすぐに反応してくれる助さんに甘えてまた二人でコラボする事も多くなった。
助さんは私が意図して変えて歌ってみたちょっとした部分にも気がついて感想をくれる。
悲しさや、嬉しさ、寂しさやまだ経験したことのない恋心……
一つ一つの言葉と音を取りこぼす事なく、私が伝えたかった事を受け取ってくれているようで嬉しかった。
一緒に歌う時も、音を膨らませたり、タメたり、どうしてそう歌うのか、いちいち説明しなくてもピッタリと寄り添わせて私の声に乗せて返してくれる。
あぁ、幸せだなぁ。
お互いの気持ちなんて確認した事一度もないのに、きっと私たちは想いあえてる……なんて馬鹿みたいに一人満足してたんだ。
あの日までは。
ちょうど日付を跨いで誕生日の時を刻んだ瞬間、助さんの投稿があった。
前にお互いの誕生日がいつなのかコメントのやり取りの中であったから、きっとお祝いの歌でも歌ってくれるんだななんて、密かに期待しながら再生ボタンを押したんだ。
案の定、誕生日祝いの曲だった。
助さんが一番お得意なアーティストで、私が大好きな曲。
でもそこには、私の知らなかった女性のコラボ相手がいて……
すごく素敵に二人で歌ってた。
……私のために。
何故かわからないけどそれ以上聴けなかった。
助さんに君は恋愛対象じゃないんだよって言われてる気がして、居た堪れなかった。
何を期待してたんだろう。
歌と文字だけのやりとりで、彼の何がわかってたんだろう?
お祝いしてもらって嬉しいはずなのに……
頬を伝って口に入ったその涙は酷く苦くて……初めて壊れた恋の味を知ったのだ。




