⒉音海雫、リアルな恋の始まり?
「あれ? 雫の隣、誰かいたっけ?」
朝教室に入ってすぐの違和感。
主の居ない机の周りをぐるっと回って私を見るゆり。
うちのクラスは男女交互に縦一列ずつ机が並べられている。
「1学期の終業式には誰もいなかったよ。机もなかったし」
流石に間に夏休みがあったからとはいえ、隣が誰かくらい私だって覚えてる。
「ねぇ、噂の転校生の席……ここじゃない??」
好奇心がダダ漏れの顔を隠すように両手で覆い、ムフフと笑いを堪えている。
「だからなんなのよ? リアルの男子には興味ないから」
面白そうなゆりの視線を払い除けながら私はドカッと席に着く。
「これは神様からのお告げかもね」
『うんうん』と頷き机を挟んで私の正面に回り込んだ。
「……なによ」
ゆりの熱い視線に耐えきれず、逃げるように目を逸らした。
「協力するから! イケメンが来るといいね!」
ニパッと笑って私の頭をガシャガシャと撫で回されたところで、前の扉がガラッと開いた。
「おー! ほら全員席につけ! ホームルーム始めるぞ」
久しぶりに見た担任の長倉先生はうっすら日焼けをして白い歯を光らせた。
今年彼女ができたばっかりだって言ってたから、さぞかしバカンスを楽しんだのでしょうね。
全くどいつもこいつも暑い恋の季節は終わったんだっての!
「今日はな、転校生も来てるし、朝からやる事盛り沢山でな! もう先に紹介するか」
教室の中が一気にざわつき始める。
転校生が来る時ってなんでこんなにいつも期待値上がるんだろう?
来る方もプレッシャーだろうな。
噂の人が教室に入ってきた途端、クラスメイト全員の呼吸が止まった気がした。
「モデルさんじゃないぞ? 女子! 口開けっぱなしだから全員ちゃんと閉じろ!」
先生の一言に一気に緊張が解けて、黄色い歓声に変わって行く。
「ちょっと、すっごいイケメンじゃん?」
「やばい、やばい! どうしよう私!!」
(どうしようもこうしようもないでしょうが)
女子の叫び声に心の中で冷たくツッコミを入れつつも……、転校生から目が離せない。
私ってイケメン好きだったけ??
「じゃ、自己紹介軽くしてもらえるかな」
長倉先生の誘導に従って転校生は教壇に上りきれいな字で黒板に名前を書いていく。
コトリと静かにチョークを置き、私たちの方に振り返った。
「来栖慧です。父の仕事の関係で九州からこちらの学校に転校してきました。よろしくお願いします」
優等生っぽい普通の挨拶。なのに栗色の短い髪が艶めき、近くに居ないのに何故かいい匂いがしてきそうな錯覚に陥るほどの清潔感を持ち合わせ、非の打ち所が全くない。
ただものじゃないな……そんな空気を放ちながら爽やかに私たちへと笑顔を振りまく。
「ではでは、来栖君には一番後ろの、音海の隣に机用意しておいたんで、とりあえずそこに座ってください」
指を指されたのは来栖君の机の方だったが、なぜか私が背筋を伸ばさずにはいられない。
「はい」
来栖君は一言そう言って、視線からハートビームを送りまくってる女子と目を合わせることなく私の横に静かに座る。
そうしてふとこちらを見た。
「よろしく、音海さん……だっけ?」
柔らかい笑顔を向けられ、あまりのイケメンに恥ずかしくも動揺が隠せなかった。
腕に変な力が入って思いっきりペンケースを床に落としてぶちまける。
「うわぁ! ご、ごめんなさい!」
この学校に入学してから、こんな大声出したことあっただろうか?
動揺しすぎて声量のコントロールする所が完全にぶっ壊れた。
「………!?」
その声に驚いたのか、来栖君が私を凝視する。
「ほんとごめんなさい、すぐ拾うから」
慌てて散らばったペンをかき集める私の姿を見てクスッと笑った。
「俺も手伝うよ。それにしてもこんなにペンたくさん入れて、使いこなせてんの?」
面白そうにまだ笑いを堪えて声を震わせている。
「つ、使ってます! 満遍なく!」
そう言って顔を上げると、栗色の瞳がこっちをじっと見ていた。
「なんですか? 何かついてますか?」
あぁ、息止まりそう……
こんなにイケメンに近づいたの生まれて初めてだよ!
その瞳に飲み込まれてしまいそうで、すぐに視線を外す。
「なんか面白そうだね、音海さんて」
拾い集めたペンを『ハイ』と私の手の中に収めてくれた。
「面白くなんかないです、つまんない人間です」
「そう言う所がね、俺ツボかも」
ククとまた笑って楽しそうに前を見る。
「あぁ、そうだ! 音海、早速仲良しになったみたいだし、休み時間とか使って軽く学校を案内してやってくれ!」
長倉先生がポイっと振ってきた重大任務は、女子たちの痛い視線と共に重く私の肩に重くのしかかる。
「よろしく頼むよ、音海さん」
低音が心地よいその声は私の心を甘やかすためにあるのかしら?
「う、うん」
なんか……、たまんない。
これってまさか一目惚れ……?
いやいや、まさかまさか!!
私がリアルの男の子を好きになるなんて、きっと何かの間違い!
「先生! 私学級委員なんで、私が責任持って来栖君を案内したいと思うんですけど」
突然私たちの間を割って入り込んできた可愛らしい声。
艶やかに動いた唇のそばで、ツインテールのふんわりクルクルの毛先が可愛らしく揺れている。
ぶりっ子系秀才女子、秋森朋花が突然案内係立候補……
彼女のスペックに敵う女子は少なくともこのクラスにはいない。
(はぁ、夢のような話は夢のままで終わったわ)
「ん? じゃそうするか?」
先生も納得した顔でその要求を受け入れる。
そりゃあね。
仕方ない。
私の出る幕じゃないわね……
あぁ、可愛くって頭いいって反則すぎだよね。
やっぱり私みたいななんの取り柄もない女はネットで満足しとけって事よね。
うん、納得。
「ちょっと待ってください! 音海さんとはお隣同士ですし、いろいろお世話になることもあると思うんで交流を深めるためにも出来れば彼女にお願いしたいのですが……ダメでしょうか?」
秋森さんを視界に入れることなく来栖君が立ち上がった。
(これは……夢? なに? 神様が私のことからかってるの?)
突然の少女漫画みたいな展開に脳内に花が咲き乱れる。
「先生は来栖が選んだやつでいいぞ? おい! 音海? さっきから固まってるけど大丈夫か??」
いまだかつて経験したことのない素敵展開に魂が抜けていた。
どわっとクラス中が笑い出す。
その声に驚いて我に帰った。
「は、はい!! 責任持って、ご案内させていただきます!!」
「なんだ? お前なんか今日変だぞ? まあいいや、出席取るから静かにしろ!」
呆れた顔で私を一瞥してきた先生は、立て込んだスケジュールに煽られるように、すぐに切り替え出欠を取り始めた、
徐々に教室の落ち着いた空気を取り戻していく。
「よろしくな」
こそっと私に声をかけてきた来栖君の声に、夢と現実をさまよう私の心臓はパンク寸前だった。