19.秋森朋花、音海さんが大嫌い。
(結局成果なしね……)
カラオケボックスを出てすぐにみんな解散した。
最後の最後まで彼には逃げられてしまったわ。
どれほど素敵な歌声なのか披露してもらおうと思ったのに。
私は来栖君の横にピッタリと寄り添って一緒に駅に向かう。
別に電車に乗って帰るわけじゃないの。
ヤスに迎えを頼んであるんだから。
プライベートで音海さんと来栖君が近づかないように見張っているだけ。
それにしても来栖君、さっきっから音海さんの方ばかり見ているのね。
私たちの前を歩く彼女は、相星君にべったりじゃない。
しかめっ面して、そんなにあの二人のことが気になるの?
「音海さんって歌、苦手だったのに誘ってごめんなさいね」
なんだか幸せそうな彼女の背中が無性に腹立たしくなって、嫌味たっぷりに声をかけてやった。
「あぁ……、まぁ」
本当にあなた、いつもそんな感じよね。
私のクラスにこんな冴えない子ががいることすら忘れてしまう位、影の薄い存在だったのに。
イケメン二人とは楽しくお話しできて、私に対してはその素っ気ない態度。
本当に気に入らない。
「いきなり失礼だな。秋森さんだっけ?」
音海さんの隣の相星君が振り返ってこの私に対して睨んでくる。
「失礼? あら、そう取られてしまったのならごめんなさい。ちゃんと謝るわ」
この男私に突っかかってくるなんていい度胸してるわね。
「来栖君はとってもお上手なのよね。隠しちゃって、謙遜!」
私は部活に入っている様子もないのに逞しく鍛え上げられた来栖君の腕に絡みついた。
「なんだよ、急に! 別に隠してねぇし」
そんな風に私に対してあからさまに嫌そうな顔していいのかしら?
振り解こうとする彼の腕に必死に食らいつきながら、私はあなたにとって特別な存在だと知らしめてやらんばかりに次のカードを用意する。
「私、知ってるんだから! 来栖君のお父様に聞いたのよ。前の学校では歌がうますぎて、ファンクラブまであったらしいじゃない。あなたのお父様が自慢げに話されてたわよ?」
「嘘に決まってんだろ、そんなの。だったら今日歌いまくってるよ」
ついに腕を振り解かれた。
怒っているのかしら?
そんなキリキリしないでよ。
せっかく私があなたのプレゼンしてあげてるのに。
そして、そんなハイスペックな男に似合うのはこの私。
今日はそれをみんなに知らしめてやりたかったのに。
「……私、来栖君と一緒に歌えるの楽しみにしてたのにな……」
「あぁ、鬱陶しいなぁ! 別にうまくもなんともない! 秋森には関係ない話だろ」
鬱陶しいなんて言葉よく使えたものね。
それにしてもさっきからチラチラ音海さんが振り返って来る。
私たちの会話を必死に聞いているのね。
あんたこそ鬱陶しいからしっかり相星君の顔でも見てなさいよ!
音海さんの隣の相星君が立ち止まって私の目の前に立ち塞がった。
「あんたさっき雫の事バカにしたような言い方してたけど、こいつは昔歌うまで、今だって色々本気出せばきっと最高の歌を歌ってくれるはずなんだよ。ただし、秋森さんみたいな見た目や人の噂でモノを判断するようなやつが、周りに居なければの話だけどな」
来栖君と同じ目をして私に食いかかてくる。
なんの恨みがあるって言うのよ!
「ふうん。よく知ってるのね、音海さんの事」
意地悪な質問かしら?
うふふ、わざとだけどね。
「幼馴染なんだから当たり前だろ」
「ふうん……」
なるほど、そう言う事だったのね。
この情報は初耳だわ。
ヤスったら、一体何を調査してきたのよ。
肝心なところが抜けてるじゃない。
こんな冴えない子、幼馴染でもなければ人気の相星君に構ってもらえるはずないものね。
「秋森には一生分からないだろうな、雫の魅力は。いつまでもブリブリのお嬢様、一人で楽しんでろよ」
「ちょっと、桔平、そんな言い方しなくても……」
「ごめん、俺、雫の事悪く言うやつ絶対許せねぇから」
「……桔平。ごめん、ありがとう」
何この茶番劇。
つまんない。
「お嬢様!! 早くお戻りください」
駅に着いたと同時にヤスから鬼気迫るような大声で呼び止められた。
「今日は英語のマイケル先生がいらっしゃるから、外出はやめてくださいと散々言ったでしょう?」
本当にタイミングが悪いわね、この男は!
「私だってたまにはクラスのみんなと遊びたいのよ」
「何を言われても、今日のマイケル先生の授業は無かったことにできません。わざわざアメリカからお呼びしているのですから!」
いつになく必死のヤス。
そういえばお父様も仰ってたわ。マイケル先生に粗相することのないようにって。
「分かったわよ!」
このままちゃんと来栖君のお家まで見届けたかったけど、お父様の言いつけに逆らう事はできないわね。
私は仕方なしに彼らに別れを告げて、車に乗り込んだ。




