17.音海雫、幼馴染が男の子に見えた時。
「雫、大丈夫か?」
桔平が心配そうに私の頭を撫でる。
「……うん。助けてくれてありがとう」
そう言いながらもまだ全身の震えが治らない。
「大丈夫そうな顔じゃないぞ? 震えてる」
「………」
桔平がそっと私を抱きしめた。
「ったくしょうがねぇな。俺の前では無理すんなって」
「私全然成長してないね」
桔平の腕の中でだんだん身体に温かさを取り戻す。
小さい頃から、恐怖を感じやすい私がちょっとした事で震えると、桔平がぎゅっとそれを押さえつけるように抱きしめてくれる。
高校生になってからはそういうこと全くなかったから……なんか逆に緊張。
「緊張してる?」
思ってた事をそのまま言われてビクッとする。
「あははっ! 本当お前分かりやすいよな」
頭をぽんぽんと優しく叩いて私を見た。
「だ、だって、桔平、なんか昔と違うんだもん!」
「何が?」
笑いを堪えながら私を優しく見てる。
「その……身体つきとか……昔はもやしみたいだったのに、今はゴツゴツしてるし」
「当たり前だろ? 体育科なのにいつまでももやしみたいな身体だったら逆に恥ずかしいだろ」
「……そだね」
大人の男の人になっちゃったんだなぁ……
そんな事を思ったら急に顔から火が出そうになった。
「ち、ちょっと! もう大丈夫!」
ボンと桔平を突き飛ばす。
「なんだよ、急に」
「だって、もし他の子に見られたら、誤解されて桔平……彼女出来なくなっちゃうし」
幼馴染だった桔平が急に男の子に見えてきちゃう。
「そんなん別にいいよ」
「いいわけない。私だってもう高校生なんだから、このくらい一人で解決できるようにならなきゃ」
いつまでも桔平に助けてもらうわけにはいかない。
私も桔平ももう子供じゃないんだから。
「なぁ、きよしこの夜歌える?」
「……バカにしてんの?」
突然何言い出すのよ。
「じゃ、今誰もいないじゃら歌ってみろよ。散々昔一緒にハモっただろ?」
「やだよ、恥ずかしいって!」
こんなトイレの前で、誰が出てくるかわかんないじゃん。
「誰も見てねぇよ。楽しかったじゃん。さん、ハイ! きぃーいよしー!」
桔平は私が視線から逃げられないようにガッツリ掴み、人目も気にせず声高らかに突然歌い出した。
恥ずかしさにたじろいでる私を無視して歌い続けた桔平は『さぁ、入ってこい』と目で一生懸命合図してくる。
「もう!」
その仔犬が必死そうになってる目に心が緩む。
桔平の声は太くなってしまったけど、微かに昔の面影が残っていた。
放課後や帰り道に一緒に歌って帰った日々が色鮮やかに浮かんでくる。
私が入ってくるまで何遍もリピート。
(わかったわよ!)
タイムスリップしたみたいに自然と桔平の声に混ざり込んだ。
生で重なるハーモニー……いつ以来だろう?
あぁ、とっても心地い。
耳が喜んでる!
どちらともなく、阿吽の呼吸で自然と終わりを迎え、静まり返った。
「ほら、歌えんじゃん!」
静寂を破るほどの桔平の本当に嬉しそうな声と表情に、私も釣られて笑みが溢れる。
「誰もいないしね」
「俺がいるだろ?」
意地悪っぽくおでこをこづいてきた。
「桔平は居るうちに入らないの! 幼馴染で私の一部みたいなもんだしね」
「一部? ……じゃ、いっそのこと、俺たち付き合っちゃう?」
……ん?
今なんて……?
「なんて、ウッソー!! ドッキリでした!」
「何よそれ! びっくりしたなぁ、もう!!」
急に真剣な顔したから、万が一でも本気なのかもって一瞬思っちゃったじゃない!
「でもな、高校入るまでは雫の事好きだったのはホント」
「……え?」
照れ臭そうに鼻の下を擦る。
「まぁ、俺は今部活も忙しいし、女の子にもモテモテだし、そんな事忘れちまうくらい充実してて忙しいからな! でも雫が寂しくて俺に縋りたくなったら、いつでも両手広げて待ってっから遠慮すんな」
ぽんと私の背中を軽く叩いた。
「桔平……?」
どこまで本気で言ってんの??
笑えないって……。
「そんな顔すんなっ! いやいや、だから、雫は一人じゃないんだよって言いたいだけなの! 困ったらいつでも頼って。ゆりも、俺も、いつでも雫の見方だから……って事! さ、そろそろ戻ろ」
「うん……」
いつまでも幼馴染だった桔平が突然男の人に見えて……
頭の中でなかなか出てこない次の言葉を、一生懸命探していた。




