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16.来栖彗、波乱のカラオケボックス。

(時間ギリギリ!計算通り……)


 今日は1分でも秋森の集団と一緒にいる時間を減らさなければ。

 余計な話もしたくないし、歌いたくもない。

 音海の歌は絶対に聴かなきゃ。

 唯一の楽しみなんだから。


 駅前に見覚えのある顔の集団が見えて来た。

 いつもは制服姿だが、今日は私服でそれぞれの個性がよく見える。

 どうやら俺が一番最後だな。


『遅くなってごめん』

 そう少し離れたところから声を張り上げようとした時だ。


 見たことのない男の頭を、嬉しそうな笑顔でいい子いい子してる音海の姿が飛び込んでくる。

(誰だ……あいつ)

 一瞬心臓の奥がヒヤッとした。

 別にあいつが誰と一緒にいたって、俺に何か言う理由なんてないのに……

 なんか、モヤっと……した。


「来栖君〜! 早く早く〜!」

 秋森が大きく手招きをしている。


「……あ、あぁ、遅くなってゴメン」

「いいわよ。みんな今きたとこだしね」

 駆け寄って来た秋森が俺の腕の隙間にズボッと自分の手をねじ込んできた。


「ちょっと、やめろよ!」

 振り解こうとするが、がっしり捕まえられた力が凄い!

 本当に女子なんだろうか?


「いいじゃない! 私たち、きっとお似合いよ」

「は?」

 一人だけ温度感が確実に違う彼女に強引に引かれぐんぐんと前に進んでいく。


 俺は堪らず音海に助けを求めようと振り返ったが……

 彼女は坂野やさっき仲良さそうにしてた男、その連れ数人達と楽しそうに会話をしながら歩いてる。

 全く俺の姿は視界にないっていなようだ。


 この前音海んちに行った時は制服のまんまだったけど、私服は意外と女の子らしいんだな。

 デニムかなぁ、あのワンピース。

 結構似合ってる。

 メイクもしてるのか?

 意外だな、でもいいじゃん!


「ちょっと、よそ見しないで! 危ないでしょ」

 秋森が振り返ってる俺をまた、強引に引き歩く。

 トカゲのような黒レザーのタイトなパンツにお揃いのベスト。

 金持ちなのはよくわかる。

 やっぱり服って性格出るのかな。


「痛いって! 離せよ」

「いやよ。今日来栖君と一緒にカラオケ行けるの楽しみにしてたんだから! もう電話しない代わりに今日一日ちゃんと私に付き合ってよ」

 ぎろりと大きい目を光らせて俺を睨む。


 なんなんだ?

 恨みでもあんのか?

 只ならぬ彼女の雰囲気につい飲まれてしまい、仕方なく大人しく着いていく。


「何度も言ったけど、今日は一時間だけだからな。この後用事あるし」

 本当は何にもないけど、歌わず帰るには一時間が限界だろう。


「分かってるわ! 来栖君の歌、楽しみにしてるわね」

「だから歌わないって言ってんだろ?」

「ハイハイ!」

 うふふと笑いながらも彼女に掴まれている俺の右腕は引きちぎれそうだぞ?



 駅前から歩いて5分程のカラオケボックスに着いた。

 秋森が事前に予約していたのか、スムーズに大部屋に案内される。

 秋森の取り巻きと、音海と仲良くしてた男の友達なのか、そいつの連れが三人ほどいて、全員入ると結構ぎゅうぎゅうだった。


 秋森の隣だけは避けたいと思いきや、音速で一番奥まで引き摺り込まれ、その隣にどしんと彼女が座る。

 見た目黙ってりゃ可愛らしいのに、中身はプロレスラーか??


(こりゃ、逃げづらいな……)

 万が一の時にはトイレにすぐ避難できるような、入り口付近を狙ってたんだが……

 もう、俺のそんな行動まで、実は読まれていたのかもしれない。

 恐ろしい女だ……


 音海は俺が狙っていた入り口付近の席で、坂野とあの男に挟まれて和やかな空気を放っている。

(俺はそっち側の人間なはずなのに……)

 そうだ、音海を誘ったのは俺なのに。

 何でこの馬鹿力女にホールドされてるんだ?


「来栖君、何歌う?」

 早速秋森が俺に聞いてくる。

「いや、俺は最後でいいよ。あっちの……音海とかに先に歌ってもらって」

 そうだ、今日最大の目的を果たさなければ!

 音海の歌声……これがもしここねさんと同じような歌声だったとしたら……


 ……だったとしたら?

 だったとしたらどうするつもりなんだ、俺は。


 確認するだけだ。

 そうだ、同じような歌声だったら嬉しい、そう思っただけだ。


 なんだろう、この期待でいっぱいな感じ……

 ここねさんの声はアプリでいつでも聴けるだろ?

 音海がここねさんであるわけないんだけど、もしあの声で歌われたら……


 急に心臓が高鳴り出した。

 彼女の歌声を想像しただけで、隣の男が異常なまでに鬱陶しく思えた。


「そろそろ私が歌おうかしら」

 秋森がマイクを手にした。

 流れた曲は……まさかの童謡?!


 大きな口を開けて目を閉じている。

 上手い。確かにいい声もしてる。

 だけど、異様だ。

 本格的に歌ってる割にはそこまで出来上がってもないし……


 微妙……

 この言葉が一番合うな。

 まぁ、俺の代わりにいくらでも歌ってくれ。


「来栖君、どうだった? 私意外と上手いでしょ?」

 ドヤ顔で俺を飲み込まんばかりの熱い視線。


「あ、あぁ」

 近づく彼女の顔を避けつつ視線を逸らす。

 その先に映ったのは音海が戸惑う姿。


「さぁ、音海さんの番よ! 素敵な歌を聴かせてね」

 秋森の意地悪そうな煽り。

 でもな、音海は天使の歌声を持ってるんだぞ?

 絶対今だって上手いに決まってる。


 今一番カラオケで歌われている曲のイントロが流れ出した。

 よく見ると……手が震えてる?


 歌い出しからとんでもなく震える声。

 音程どころの話じゃない。

 息を吸うのも大変そうだ。

 具合が悪いのか……


 俺が思わす立ち上がった時だった。


「あー! 俺好きな歌だー!!」

 そう言って音海が握りしめているマイクを横取りする隣の男。


 歌い出した声は発声も完璧な歌い慣れてるもの。

(やけにうまいな、コイツ……)


 秋森の取り巻き達が目を輝かせている。

「やっぱり相星君ってかっこいいよね〜!」

 ハートを散らしながらうっとり。

 秋森も驚いた顔であいつを見てる。


「なぁ、有名なの? 今歌ってるやつ」

 秋森にこっそり聞いた。


「えぇ、彼は相星桔平くんって言って体育科の子ね。確か軽音部にいたはずよ」

「軽音……なるほど」

「音海さんも、見かけによらず顔が広いのね。彼人気だからフラれた女の子たくさんいるわよ。誘っても絶対乗ってこないから実は男好きなんじゃないかって噂があったくらい」

 クッと嫌味っぽく笑う。


 歌が上手い訳だ。

 音海とは一体どう言う関係なんだ?


 そうこう思ってるうちに曲が終わり二人揃って外に出て行く。

 何処か他の人達とは違う雰囲気を放つあいつら行方が気になって仕方がない。


「さ、次はいよいよ来栖君の番ね! 終了10分前だし」

 秋森が俺の前にマイクとデンモクを差し出す。

「ゴメン、急に腹痛くなった……! ちょっとトイレ行ってくるわ」

 歌ってたまるか!!

 あの二人が気になってるんじゃない。

 俺は歌いたくなくてトイレに行くんだ!


「ちょっと! 来栖君」

 秋森の制止を振り切り俺は部屋の外に飛び出した。


 急いで二人を探す……?

 いや、トイレを探してるんだ、俺は!!


 別に本当に腹が痛くなったわけじゃないがトイレに向かって走り出す。


 目に入ってきたのは……

 あの男にがっしりと抱かれた音海の姿だった。

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